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<日本医師会賞>
「産婦人科医の処方せん」
松野 城太郎(34) 東京都町田市・会社員

 二〇〇一年十一月十五日、私たちの娘、礼(れい)は新宿の信濃町にある小さな産婦人科医院で生まれました。体重二千七百八十六グラムのおとなしい赤ん坊でした。

 私が娘の障害について告知を受けたのは、娘が生まれて五日目のことでした。あれから一年、告知の衝撃がいまや過去のものとなり、懐かしくも思えるほど、こんなに早く癒やされ、立ち直ることができたのは、出産を担当してくれたR医師のおかげだったと思います。

 その日、私は妻と娘を病室に残し、看護師に導かれるがまま、初めて産婦人科の医務室に入りました。簡素で清潔に保たれたその部屋で、白衣を着た初老のR先生が、どことなくソワソワと歩き回っていたように覚えています。

 簡単なあいさつを交わし、向かい合って座るとすぐに、先生は背筋を伸ばし真剣な面持ちで私に言いました。「もうお気づきかも知れませんが、あなたの娘さんは染色体異常と思われます。血液検査の結果はまだですが、おそらくダウン症でしょう」

 R先生の単刀直入なその一言を理解するのに少し時間がかかりました。「染色体異常」「ダウン症」「知的障害」「身体障害」「障害児」……頭の中で単語がパズルのように組み合わさっていきました。

 ぼう然としている私に配慮してくれたのでしょう。先生は十分に時間をおき、そして静かに先を続けてくれました。「染色体異常」についての簡単な説明を聞きながら、私は少しずつ我を取り戻すことができました。その後も先生は、ゆっくり時間をかけて私たち家族のこれからの生き方などについて話を続けてくれました。

 「障害児と暮らすからといって、今の仕事を変える必要はありません。夢や趣味をあきらめる必要もありません。むしろ、この子のためにも、あなたたち家族は健常児のいる家庭と変わらぬ毎日を送るべきです」

 「この事実を奥様に伝えることがつらいのならば、奥様には私からご説明しましょう。いつでも相談に来てください。何かお手伝いできることがあるでしょう。必要なときは専門医を紹介します。もし、興味があるならダウン症などに関するネットワークや療育施設をご紹介しましょう。今は私がお子様を診ます。あなたは奥様を支えてあげてください」

 また先生は、うろたえるばかりの私に「男だろう、しっかりしなさい!」と言うかわりに、優しく笑いながら言いました。「ショックは大きいでしょう、わかります。今夜は眠れないかもしれませんね。必要であれば興奮を抑えて眠れる薬を処方しますよ。ただし奥様の分だけで、あなたの分はありません。あなたはもう少しがんばって下さい」。そして、私に病室に泊まる特別な許可と、簡易ベッドを用意してくれました。

 時々、障害児を持つ親同士で「告知の時の体験談」を話し合う機会があります。産後、障害児と分かるや否や専門の医療機関や療育施設にバトンを渡し、「我介せず」の医師や病院が多いことがわかります。もちろん、生まれた子に対する、迅速で適切な処置とは思いますが、親の「心」に対する処置が全く施されていないケースの多さに驚かされます。

 障害児に限らず、新生児の生命を守るための処置は大切な医療技術だと思います。けれども、「障害児の誕生」という突然の出来事に驚き、すぐにその事実と向き合う覚悟ができない親に対して、誠実な態度で接し、適切な助言ができる能力もまた、評価されるべき産婦人科医の医療技術だと思います。

 いずれ両親は、障害児とともに生きる毎日は少々不便ですが、決して不幸な人生ではないことに気がつきます。実際、今の私はそんなテーマをもった毎日に充実を感じることすらあります。

 ただ、そのことを実感できるまでの日々は、不安と悲しみの連続です。障害児の両親ができるだけ早い時期に光を見いだし回復するためには、産婦人科医の誠実な態度と適切な助言が最も効果的な処方せんだと思います。

 近ごろ、娘はだいぶ表情が豊かになり、無邪気にほほ笑みます。そんな娘を前に妻が言います。「私、勇気を出してもう一人生んでみようかな。その時は、またR先生にお願いしようかな」

 妻もまた、私同様、R先生の持つ医療技術に大きな信頼を寄せているようです。


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