日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  

<入選>
「笑顔がくれたもの」
近藤 佳代(36) 埼玉県上尾市・主婦

 「いいお医者樣に会えますように」。引っ越しの度に祈るような気持ちで病院を探します。転勤で頭を痛めるのが病院探し。子供が小さいのでお世話になることが多いからです。病院の評判を聞きつけて行ってみても、医師との相性が合わなければ、また病院を探す。そんなことの繰り返しです。

 数年前、埼玉県のM医院で出会った医師は「お医者様でこんな方がいらっしゃるのか」と思った方です。小児科の専門医ではなかったのですが、子供たちは今でもこの先生のことをよく話します。いつでも穏やかな表情で、患者である私たちの目を、まっすぐに見つめる方でした。

 ある日、いつもより気ぜわしく夕飯の支度をしていると、後ろから火がついたような息子の泣き声がしました。慌てて振り返ると、一歳になったばかりの息子が両手をつき上げています。何が起きたのかはすぐにわかりました。炊飯器です。モウモウと立ちのぼる湯気の出口に両手をついたのです。急いで息子の手を冷やしながら病院へ駆けつけましたが、先生に診ていただくと、思ったよりひどくやけどをしていました。

 私は息子に「やけどをさせてしまった」、その後悔でいっぱいになり、先生に向かって「私のせいです。明日から旅行に行くので、炊飯器のことを忘れてたんです。私のせいで……」と繰り返しました。

 息子の小さな手に包帯を巻ながら、先生は顔を上げました。そして、ニッコリとほほ笑まれて「お母さん、子供ってお母さんが忙しい時に限ってけがをするものですよね。明日から旅行ですか。いいなあ、どちらに行かれるんですか」と、おっしゃいました。「……海です」と答えると、今度は息子に向かって「いいなあ。初めての海だね。いっぱい遊んでおいで」と言うのです。「でも先生、その手じゃ……」と私が言いかけると、ビニール袋で水が入らない工夫をしてあげれば大丈夫ですよ」とニコニコ。先生の笑顔に、どんなにか救われた気持ちになりました。さっきまで泣いていた息子も笑顔になり、診察室を出るころには親子で笑顔になっていました。

 先生の診察はいつもこうでした。風邪の季節に二人の子供が熱を出し、主人も熱でダウン。子供たちを連れて診察を受け、お礼を言って帰ろうとすると、「お母さんは大丈夫ですか? お母さん方は熱が出ても寝ていられないからとおっしゃって無理をなさるでしょう。ご自分も大事にして下さい」と、声をかけられました。実際、私自身、毎晩の看病で疲れていました。先生は私の顔色や表情を見逃さなかったのでしょう。その一言と、包み込むような笑顔のお陰で、私まで治療してもらった気分でした。よし! 頑張るぞ! と、元気になれました。

 友人が、ある病院で子供を入院させることになったとき、医師から「母親のくせに子供の何を見てたんだ。母親失格だ!」とどなられたそうです。お子さんは生後数か月。友人にとって、子供の初めての病気でした。彼女自身、医師から責められなくても十分自分を責めていました。友人は「子供を看病している間、先生に会うたびに責められて、自分の力をもぎ取られるような気がしたわ」と、後日話してくれました。

 私自身、色々な医師に会っています。心ない言葉に傷ついたり、返事をしてもらえなかったり。中には、こちらの話には耳も貸さない先生もいます。育児中の母親は、子供の病気に不安を持っています。その不安を聞いてもらえるのが、お医者様。現代の母親が持つ孤独・不安な気持ちを、M医院の先生はいつも察してくれました。変わらない笑顔、「大丈夫ですよ」と語りかけてくるまなざしが、育児をする上でもどれくらい勇気をくれたことでしょう。

 引っ越しが決まり、先生にお礼を言いに伺った時、「先生は、いつも笑顔ですね。母親として見習いたいです」と言いました。すると、「とんでもない。私のほうこそ、お母さん方の持っている無償の愛を見習いたいです。私自身がまだまだ未熟で、患者さんに教えられることばかりです」。初めて難しい顔をなさいました。そして、「私は、医師と患者である前に、〈人と人〉であると思うのです。まず、私が心も体も健康で、笑顔でいられたら、患者さんに対して愛情を持って接することができるかと思うのですが、どうでしょう? 口に出すと恥ずかしいんですが、医療の根底にあるのは〈愛情〉です。愛が大切です。家族だってそうですよね? 皆さんも、新しい土地でも健康に気をつけて」と、赤い顔でおっしゃいました。

 心の通う医療をして下さった先生の笑顔は、私たち家族に温かい力をくれました。愛情という言葉と共に、今なお胸に深く刻まれています。


BACK >>>

  日本医師会ホームページhttp://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.