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<入選>
「グッバイ! ダバオ ―Today is finalday―」
隅田 寿子(58) 兵庫県加古川市・主婦

 ―グッバイ! ダバオ Today is finalday―

 あなたのパソコン日記はここで終わっている。まさか、その言葉がその通りの永遠のダバオになるなんて……。

 第二の人生を発展途上国の教育支援にささげようと、あなたはフィリピンにあるダバオに旅立ちました。ボランティアとして現地の小学生に日本語を教えるべく教壇に立ち、子供たちとの距離がなくなってきたと感じ始めた矢先、体調を崩して五か月で帰国。それは後腹膜がんの末期であり、手術不能にて余命は半年ぐらいであろうと診断されました。この現実はあまりに非情過ぎて、本人に完全告知出来ませんでした。抗がん剤の治療も受けましたが、効果無く、痛みは日増しに強くなっていきました。痛みを取ってくれるならどこへでもと、疼痛とうつうをコントロールしてくれる希望を抱いて、あなたはホスピスを自ら選びました。

 ホスピス病棟での三か月――私には濃縮した時の流れでした。最後は「痛い、痛い、もう眠らせてほしい」と、私たちの祈りの中を逝ったけれど、絶え間なく襲う痛みの中でも、あなたの胸の中に消えることのないわき上がる思いがありました。その思い、願いを担当のナースに語りました。

 「もう一度ダバオに行き、子供たちのあの笑顔がみたい」。それを聞いたナースは夫に言ったのです。「ダバオに行きましょう! 準備していきましょう」と。

 その言葉はすべてが終わったわけではないと聞き取れ、夫の命に火をともし、病状を超えた力に変えられた日々でした。その時点での夫は、もう歩くことも出来ず、いつ何が起こってもおかしくなかったターミナル期でしたが。

 そのことについてスタッフの皆さんは、まず麻薬であるモルヒネの国外持ち出しを様々な機関に問い合わせて、いつでも旅行出来るよう準備を進めて下さいました。

 しかし、許可が下りるまで待つ、あなたにはもう時間がありませんでした。それでも医師もナースも夫の希望がある限り、あなたを支えるメッセージを送り続けてくれました。あなたの体がダバオに行くことをあきらめても、魂はあきらめることなく「行きたい、行きたい気持ちが無くなるのがいやだ」と叫ぶのでした。

 そこで、スタッフ、夫と私たちは話し合い、現地で生活を支えてくれた友人に来日してもらうことを決めました。三男が父親の最後の願いのために渡比しましたが、友人は貧しくパスポートは持っておりませんでした。そのための手続き、費用の立て替え等、日比ボランティア協会の協力を得て、病室で再会を果たす日が来たのでした。友人と夫は、手を取り合い、過ぎし日を振り返っては男泣きしておりました。

 三日間病室で友人と共に過ごす中、友人がカトリックの信徒であったため、共に神父さんより病室でミサを受け、とても穏やかな数日でした。不可能なこととあきらめかけていた私に可能なこととして、夫の思いを形にして下さった神様に、スタッフに深く感謝致します。あのナースの一言は、私を今もこれからも支えてくれる言葉と受け取っております。

 患者の心に寄り添い、患者を見放さない医療の場がここにあったからこそ、私はパニックに陥ることなく、あなたのそばにいられました。気分が良い時は、ベッドごとガーデンに連れ出して頂き、あなたは空気がおいしいと喜び、笑顔を見せて、またある時は、音楽の好きなあなたに音楽ボランティアの方が訪室して下さり、リクエストしては共に敬い、一時痛みから解放されたのでした。このように最期まで「生きる」をサポートしてくれる場がホスピスでした。だから、ホスピスを選択したことに悔いはありません。

 私はあなたのパソコン日記の―Today is finalday―に書き添えるために、いや、ファイナルにならぬために、長男と孫を伴い、この夏ダバオへ散骨の旅に出かけました。

 あなたの魂はそこで終わることなくあなたの願いのダバオにおり、現地の小学生に日本語を教えるべく教室に立っています。日本語を教えるには歌が一番いいよと、あなたはいつも『しあわせなら手をたたこう』の歌から入り、はい"手" "足"と身ぶり手ぶりで子供たちは目を輝かし、次の動作を待っているのでした。

 この子供たちと共に、ダバオで、ダバオの教室でいて下さい。

 あなたがグッバイ! ダバオと心から思える日まで。


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