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<入選>
「おばあちゃんに守られて」
竹川 愛(18) 愛知県岡崎市・学生

 「もうすぐ七年になるんだねえ」と、母が誰に話し掛けるともなく言うと、そばにいた祖父は、「夢中だったけど、今思うと後悔することばかりだ。もっとなぁ……」と、言葉を詰まらせながら、ゆっくりした口調で答えた。

 八年前の夜中、突然叫んだ祖父の声が家中に響きわたった。その時の声は今でもはっきり耳の奥に残っている。あの日以来、祖母は左半身が動かなくなってしまい、母と祖父の生活はずいぶん変わってしまった。迷いを振り切るようにきっぱりと仕事を辞めた祖父は、祖母につきっきりで世話をしている。母は、左半身が動かない祖母の為に、朝、歯を磨き、顔をふき、おむつを替え、着替えさせ、朝食の前にすることが数えきれないほどある。せっかく作った朝食を食べさせてあげても、寝たきりのせいか、まひした左側の口からそのまま出てきてしまう。そんな状態が毎日毎日繰り返される。

 だから家中が皆、祖母中心の生活となった。言葉ははっきり話すことができるが、以前の祖母に比べ、今はまるで赤ん坊のようだ。そばに誰かがいないとすぐ、「ねぇ、ちょっと誰か来て」と、病人とは思えない大声で叫ぶ。私や姉が顔を出すと、「早く、お母さん呼んで来て」と、母でないとだめなように言う。母の顔が目の前から消えると落ち着かなくなる祖母のために、母はほとんど一日中つきっきりだ。

 機嫌の良い時祖母は、「もう一ぺん起き上がって、自分の足で歩きたいなぁ。トイレも自分で行けたらなぁ」と、これまで何気なく繰り返してきた生活を振り返るように言う。また、「さみしい、さみしい」と言い続けるので、手を握ったり、体を撫でてあげる。すると安心したようにすぐ寝てしまう。祖母の寝顔は、やっぱり赤ん坊みたいだなぁと思う。

 毎日の生活の中で最も大変なのは、お風呂へ入れること。バスタオルをハンモック代わりにし、裸にした祖母を乗せ、お風呂場まで連れて行く。祖父も母も、落とさないように真剣な表情ですごい力を入れて運んでいるのが分かる。湯船に入れる時には、私もお尻の下へ手を入れ、うーんと力を入れて持ち上げ、手助けをする。母の額からは汗が流れ落ちる。それをぬぐいもせず、祖母の頭、腕、体、足と手際良く洗っていく。動かない足や手の指の間は念入りに洗う。におわないようにと、ごしごし洗う。お風呂から出た祖母は、目を細めて満足そうな顔をしている。母は、そんな祖母の幸せそうな顔を見るのが、一番うれしいと言う。

 祖母が寝たきりでいた短い期間の中で、忘れられない出来事がある。お盆の日にもらった、バケツ一杯のほおずきを眺めながら、母が、「なつかしいなぁ、あいちゃん。ほおずき鳴らすの知っとる。昔のおばあちゃんだったら、上手に鳴らせるのになぁ」と、一つ枝から取って、ほおずきの袋を開いてくれた。ほおずきの頭はつるつるでぴかぴかに光って、今生まれたばかりに見えた。私はそれを持って祖母のところへ飛んで行った。

 祖母は、「あいちゃん、珍しいもん持っとるねえ。おばあちゃんにもちょうだいや」と、欲しがった。渡すと、動く右手で握って、じっと見つめていた。いつまでも握ったままじっと、じっとして動かなかった。涙がつーっと伝わって、枕にしみていった。何も話さなかったけど、きっと昔のことを思い出しているんだろうと思った。

 「おばあちゃん、鳴らしてみたい」と聞いたら、こくんと首を動かした。私は、母から聞いた通りにほおずきを作った。皮が薄くてすぐ破れた。ようやく出来たほおずきを、すぐに祖母のところへ持って行った。「どうやって鳴らすのおばあちゃん」と聞いたら、おばあちゃんは何も答えずに、口の中に入れた。くちゃくちゃと口を動かすと、よだれと一緒に出てきてしまった。祖母の目から、また涙があふれて流れた。

 あの時の瞳の輝きが、ずーっと、ずーっと続いてほしいと願ったのに、七年前の冬、祖母は他界した。

 最近になって母は、「今から思うとあの時間ときは、神様がくれた贈り物だったかもしれない。六十七歳の母親と、その娘が向き合えた、最高の時間だった。おばあちゃんの優しさが家族みんなに入り込んで、思いやりの心を引き出してくれたんだね」と言う。

 今、私たち家族は、祖母に守られている。

ほおずきの季節めぐりて亡き祖母の
          口に含みて笑顔懐かし


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