日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  

<入選>
「現代医学の忘れ物」
水野 恵美(30) 栃木県大田原市・看護師

 今日の医療は、目覚ましいほどの発展を遂げています。高度な医療技術により、不可能を可能にしてきました。このことで、どれだけ多くの人の命が救われたか分かりません。

 そして、これからの医療も、今以上の速さで発展するに違いありません。しかし、その陰で大切なものを失っているような気がします。

 世の中が、すべてのものに速さを求め、温かさであるとか人間らしさであるとか、そういう大切なものが少しずつ置き去りにされている現在があります。そしてこれは、医療現場でもいえることです。三分診察といわれ、その三分間の中で病状を把握し、多々ある薬の中から、患者の症状にあった薬を処方するのです。

 しかし普段の生活の中で、初対面の人と出会ったとき、どんなに積極的に話せたとしても、たった三分間でどれだけのことが理解できるでしょうか。ましてや、相手が病気を患っているとしたら。

 医療とは、人間対人間のはずです。が、しかし今の医療には、本来あるべき人間らしさがないように思うのです。多くの医療機器に囲まれ、医師が見るものといえば、パソコンの画面に、検査データ、果てはモニター画面であり、患者の顔や患者そのものの体ではないのです。確かにそれらには、スピードがあるでしょう。しかし患者の訴えや感情、つらさや痛さまでは表すことは出来ないのです。

 私たち人間は、機械には無い素晴らしい機能を持っているはずです。五感という機能を。検査データは、それらを補う情報の一部です。どれだけの医師が、患者の顔を見て、痛いところに触れ、患者の話に耳を傾けているでしょうか。患者を診るということは、検査データを見ることではないはずです。

 医師にとって、すべてのデータが正常であるならば、患者が訴えていることは、診察には不必要なのです。ところが検査データにひとつでも異常な部分を見つけようものなら、それが正常になるまで治療し続けるのです。まるで壊れた機械でも直すかのように。そこには、患者一人一人の訴えや個性、その人が抱えている人生についてなど、考える余地もありません。そんなことを口にすれば、医師に白い目で見られ、揚げ句の果てに病院から門前払いされるでしょう。

 確かに医師である以上、異常を正常にするための治療をすることは義務です。しかし患者は、病人である前に、様々な背景を持った一人の人間なのです。治療したくても、治療ができない患者もいます。病状を十分理解したうえで、それでも治療を望まない患者もいます。また、高齢であれば、ある程度の病気は仕方がないこととして積極的な治療を望まない場合もあります。しかし、これは病気を治すことを、あきらめた訳ではないのです。病気と共に、共存していこうとしているのです。

 このような患者を、負の医療と思わないで下さい。こういう患者にこそ、歩み寄ってほしいのです。

 患者はみな、医師が多忙であることを知っています。一人の患者だけでないことも知っています。しかし一分一秒でも長く、自分だけの医師であってほしいと願っているのです。医師と会話するとき、患者はどれだけ緊張しているか知っていますか。そして医師の一言一言を聞き逃さないように、一生懸命耳を傾けているか分かりますか。

 医療の主役は患者です。常に患者に寄り添う医療であってほしいのです。

 今の医療に求められているもの、それは効果の高い薬品や速さ、そして検査データだけではないはずです。人間らしい温かい医療ではないでしょうか。もっと患者と向き合い、視線を患者の高さに合わせて訴えに耳を傾けてください。そして痛みがある部分に触れてみてください。きっと検査データではわからない、患者の本当の声が聞こえるはずです。


BACK >>>

  日本医師会ホームページhttp://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.