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<入選>
「その文字にひかれて」
加賀谷 満知子(52) 富山県小矢部市・公務員

 人は重大な局面に対した時、何をもって決断を下すのだろう、と思うことがある。二年前の夏、私は一枚の紙片を前にしてしばらくぼう然としていた。自覚症状もなく、何気なく受けた脳ドック。異常などあるわけがないと開いた結果通知表から、突然飛び込んできた三文字「動脈瘤りゅう」。

 ドクドクと胸の鼓動が耳に響く。担当医師の直筆はさらに続く。「未破裂動脈瘤は破裂すると、くも膜下出血となります。破裂する前の予防的治療が可能な時代ですので、脳神経外科に相談してください。とりあえず、本当に動脈瘤があるか否かを更に確かめるための検査が必要です」。―破裂する前の予防的治療が可能―この言葉にわずかな救いを見いだし、何度も声に出して読んでみた。その時、なぜかこの直筆の文字に強くひかれた。数日後、確定診断を聞くこととなる。

 眼前いっぱいに張られた写真の数々を指し、担当医師は穏やかに、しかしキッパリと告げた。「検査の結果、あなたの右中大脳動脈分岐部に未破裂脳動脈瘤があります」と。そして一枚の真っ白な紙を広げ、説明内容を丁寧な文字でひとつひとつ書き始めた。

 うわーっ、なんて読みやすい文字なんだろう!(それは決して達筆というのではなく、読みやすくて温かい。そう、文字がとてもあたたかい)。「脳ドック結果通知表」に書かれていたのと同じ文字が今、私の目の前に順序良く並べられていく。丁寧な説明とその文字の確かさに私は感動した。同時に先ほど、廊下で自分の順番を待っている時、何気なく聞こえてきた会話から、どの患者さんに対しても丁寧な対応がされている様子に好感を持ったことを思い出していた。

 説明の主な内容としては(1)脳動脈瘤について (2)破裂の可能性と危険度について (3)予防的治療と実績について (4)予防的治療に伴う合併症と発生頻度について (5)入院期間や費用、退院後の生活について (6)今後、必要な検査について、など一時間以上もかけて行われた。時間は大丈夫なのだろうか、と恐縮する私に「時間は気にしなくても大丈夫です。ご自分の体のことですから充分に納得してから帰ってください。もし今後のことを相談するために希望する病院があれば紹介状を書きます」と看護師さん共々笑顔の返答。(よぉし、決めた!私はたった今、決めました。これからのことをぜひ、先生にお願いしたいと思います)。何か直感のようなものが私の心を貫いた。

 その時に渡された説明内容のコピーは今も「お守り」として大切に持っている。コピーに添付された名刺には、隣県の大学病院脳神経外科医師Kとあった。週一回大学から派遣されているという。

 以後の検査や治療は大学病院で受けることになった。治療の説明は充分に受けた。私は迷わずに開頭をせず、全身麻酔の必要もなく、体への負担が少ない「血管内治療」を選んだ。手術実績としては現在もなお研究が進められている最先端医療のひとつである。生命の中枢である「脳」にかかわる手術に不安を感じないわけではなかった。が、もとよりどのような手術であろうと百パーセントの安全が保証された手術などはあり得ない、と心得ている。むしろ、結果よりも、そこに至るまでの過程で自分自身がどう納得できたか、がより大きな意味を持つのではないか、と思っている。

 脳ドックで異常が発見され、実際に私が大学病院に入院するまでの二か月間、精神的に私を支えてくれた脳ドックの看護師さん。彼女のアドバイスは私の決断に大きな勇気と力を与えてくれた。人は、こういうふうに人に支えられて元気になっていくのか――と心から感謝をしている。

 かくして手術を目前にして私は家族と一緒に再度、手術の方法と内容について説明を受けた。その中で私たちが大変うれしく思い、今でも忘れられないK先生の言葉がある。「予防的治療を受けるために無症状で病院に来た人を、絶対に、万に一つの合併症も残して帰したくない」「絶対に我々が勝つ」。あぁ、患者としてこれ以上の言葉のほかに何も望むものはない。この言葉にK先生の強い信念と自信、そしてチーム全体で気合を入れて臨もうとする姿勢が伝わってきた。豊富な経験と患者の心を読み取る確かな目と、人をひきつける話術とが微妙に合わさって、聞く者の心を「信頼」で満たしていく。

 血管内手術は足の付け根の動脈から脳動脈瘤まで直接、カテーテルを挿入して行われる。鎮静剤のためにもうろうとした意識ではあったけれど、私の目は何度か確かに医師の姿をとらえていた。頭を寄せ合い、懸命に治療を続けているK先生をチーフとした三人の脳外科医の後ろ姿を。その大きな背中に向かって心の中で何度も手を合わせた。そして「生かされている自分」を実感していた。

 いつか機会があればぜひ伝えたいと思っている言葉がある。「先生の文字で判断した私の直感は、やはり間違っていませんでした」と。


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