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<入選>
「流れを変えた私の介護」
綱嶋 佳代子(54) 長野県中野市・主婦

 義父が大腿だいたい部骨折で手術後、肺炎を併発し入院して約3か月後に主治医の先生から、「年明けには退院し、自宅療養を」との説明があり、それを伺った時はただあ然とするばかりでした。

 酸素吸入、気管切開、鼻からの経管栄養法と二十四時間栄養点滴を付けて、持病のぜんそくもあり、そして右足骨折による不動、尿のカーテルまで付いて退院とは……。これが病気でなかったら何が病気かと問いただしましたところ、主治医は「本人が自宅へ帰りたがっておられるし、またMRSA(慢性下気道感染症)はいろいろな人が出入りする病院よりも、自宅の方が症状も落ち着きますよ」との説明で在宅介護を決心致しました。

 何回かの看護師さんの説明と実技練習で本当に大丈夫なのか、内心「どうしよう!」と大きな声を出して叫びたいくらいでした。

 正月明けといっても雪の深い信州ではとても病人を受け入れられる住宅状況ではなく、桜の花の咲く連休に退院を延ばして頂きました。

 それからが私の格闘技です。病院での特訓をそのまま、さらに病院と同じメニューで、一日が始まります。まず起床時の体温測定、尿の量から紙オムツの点検、吸入によるぜんそくの治療と気管切開口からのたんの吸引と、次に胃にチューブが間違いなく届いているか、内容物が逆流しないかを聴診器と注射器で確認。そして薬をぬるま湯で溶いてカテーテルへ注入する。蒸しタオルで洗顔等、その間に朝食用の注入食を人肌程に温めて、いよいよ二缶で三時間の食事が始まる。午前中にチューブを留めているバンソウコウ、切開している所を消毒ガーゼ取り換え等々、その後下着の着替え、体ふきと、一週間が過ぎるころ、少々どころか大いに私がバテ気味になり始めました。

 当時三人中二人の子供は自宅からの通学で、主人と三人の毎朝の食事とお弁当の準備もあり、義父の介護で時間が超過すると、パニックに陥る状態で、これではいけない、何か良い方法はないかと……。

 「そうだ、手抜きはダメでも順序を変えればなんとかなるだろう。おじいちゃん、朝食の時間少し遅くしてもおなか大丈夫? 皆を送り出してからでもいいよね!」「すぐ食べられるようにするから我慢してよ」と強引に納得させて実行してみました。

 朝夕食に三時間、昼食に一時間半を必要とする時間の少しの移動で朝の混雑は解消し、気持ちに余裕がでてくると、いつもの私の癖でいろいろと周りの加工、改造が始まり、ワゴン(三段)の上は病院とほぼ同じ形で道具を置き、処置を手順良く出来るように並び替え、リサイクルで空きビン、筒等利用し、工具を持ち出し、義父のベッドの横でコツコツと始めると「ほうー」と感心しながら「それは、こうした方が良い」とかアドバイスをしてくれるようになりました。次から次へと鼻歌交じりで加工をしていると、義父は笑いながら、「お母さんも好きだなあ」と言う始末。

 人間気持ちにゆとりができると、人にやさしくなれるのだろうか? 「おじいちゃん、心配しなくていいよ! 施設のたらい回しはしないからね。十年はしっかりみてあげられる。でも私も年だから、先にポックリかもね」と冗談も飛び出すようになりました。

 それから約二年間、デイサービス、訪問看護師さんの介護補助等、自分が積極的に相談、質問をして、また加工した物を見て頂いたりして、慣れてきたのかあまり介護、介護と肩に力を入れなくなり、毎日が普通に感じられるようになってきました。

 介護中はきれいごとばかりではなく、苦しいこともつらいこともありましたが、主治医の一言「良く介護をしましたね。毎日のデータの記録の内容を見ると、我々医師や看護師よりも、いかに自宅で介護している人の方が患者のことが良くわかっているかと言えます」で救われ、その時初めて涙が止まりませんでした。泣いたのはこの時だけです。

 一つの流れを変えたことが、元来能天気な私を更に楽にさせてくれたことと思います。あの退院時の憂うつな日が、人にも「介護は案ずるより始めるがやすしよ」と偉そうに言えるようになったのも、何か自分なりにやり遂げたという自信がついたのかも知れません。

 義父も他界して二年が過ぎましたが、今私は子供の前で後めたさを感じず、遺影に対して正面から「おはよう!」と大きな声を出してお参りできます。

 自分が、ただ思うことは、誰のためでも無く自分自身のために、ただそれだけのことではなかったのだろうかと……。

 介護は自分のこれからの道を真っすぐに、歩いて行ける栄養剤なのかもしれません。少なくとも私にとっては。


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