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<入選>
「母と『家』」
太田 文子(50) 群馬県群馬町・主婦

 三月末に千葉にいる母が、群馬の私の家にやって来ることになった。母は脳梗塞こうそくで倒れ、右半身が動かなくなり、言葉も出なくなった。倒れてから約三年、母の面倒をみている姉の愚痴が多くなったので、私が交代することにしたのだ。しかし、「私がみる」と大見えを切ったものの、考えると不安だらけだ。中学生の娘、小学生の息子を頼れるはずもなく、母の面倒は私一人でみなければならない。

 母の来る日が近づくに従い、あれこれと考え私は寝られなくなった。母が来れば、夜中に何度も起こされ、寝られなくなるのに、来る前から寝不足気味である。

 安の定、母が来てからは考えていた以上に大変であった。一番つらいのは、元気だったころの母の姿からは想像できないほどの変わり方だ。慣れない左手でスプーンをもって食べるために、顔を食器に近づけ、そしてこぼす。簡単な単語は出るものの、自分の気持ちを私たちに伝えることができず、泣き出しては首を横に振る母。そのくり返しである。食べることとトイレに行くことだけに神経を使っている毎日の生活。子供のようになってしまった母。しかし、子供扱いする訳にはいかない。母は母なのだ。

 覚悟はしていたものの、その姿を目の前につき出され、そんな母を現実として受け止めなければならないつらさ。血のつながりがある娘であるゆえにおこる苦しさ。情けなく、悔しく、腹立たしく、そのすべてが一気に私におそいかかる。誰にもぶつけることのできない怒りがこみ上げてきて、どうすることもできない。精神的にも、肉体的にもボロボロになった私は、台所に隅に座り込み泣くだけだった。

 それを救ってくれたのは子供たちだった。泣いている私の横に座り、やさしく声をかけてくれた。その時の子供たちの顔は温かく、今でも忘れられないほど輝いて見えた。それからの私は、家族の前で泣いた。愚痴もこぼした。それでどんなに楽になったことか。何の助けにもならないと思っていた子供たちに救われるなんて。

 「気晴らしに出かけてみようか」と言う主人。高速道路を使えば水上まで一時間半だ。サービスエリアには車いす用のトイレがある。水上の町営駐車場にも車いす用トイレがあることを確認した。「トイレさえあれば大丈夫さ。病気で倒れてからどこにも行っていないだろうし。楽しくやろうよ、これからは」

 何をする訳でもない。周辺を散歩し、お茶を飲んで帰ってきただけだ。が、家の中で見る母の顔とは違って生き生きしていた。とても楽しそうだ。そうなのよ、そんなに頑張らなくてもいいのよ。何もかも一人でやらなくてもいいのよ。肩の力を抜いて、もっと母との生活を楽しまなくちゃ。これからは出かけるのには良い季節、母に似合う帽子を買おう。つばの大きなオシャレな帽子で、でかけよう。

 夏休みに皆で鬼怒川温泉に一泊旅行に出かけた。ホテルのパンフレットには「車いす可」とあったので選んだホテルだった。しかし現実は違った。客室やトイレはかろうじて使える状態であったが、部屋の浴室はドアが小さすぎて母を抱えて入れない。そのホテルには家族風呂もない。大浴場には段差があって、中学生の娘と私の二人だけでは、母を入浴させることは無理である。結局、母の入浴はあきらめるしかなかった。ホテルを選ぶ時、そこまで確認しなかった私のミスである。

 また、どのテーマパークにも車いす用トイレがあり、母も一緒に楽しむことができた。しかし、汚いトイレの多いこと。手すりも便器もほこりだらけ、そんなトイレもあるのだ。そんな所は、一般のトイレも同じような状態のことが多い。

 短い間だった。春には姉が母を迎えに来ると言う。母の喜び方は尋常ではなかった。長い間、「家」を守り、「墓」を守ることを務めとして生きてきた人だ。家を離れることを嫌った。それ以上に「群馬では死ねない」と母が強く思っていることが、私にも痛いほどわかった。わが家にいても母は悲しい目でいつも遠くを見ていた。どんなに私が母を思い、頑張ろうとも私は母の「家」にはなれない。「家」と言う存在に私は勝てないのだ。

 母とすごしたこの一年、数えきれないほどの貴重な体験をし、たくさんのことを学んだ。母さん、本当にありがとう。あなたと大切な時を一緒にすごせて幸せでした。

 鏡に映った自分の顔の中に、母の顔を見ることがある。私も着実に母と同じ道を歩いているのだと思うと、怖い。

 笑顔で姉の車に乗り込む母を見送る私の気持ちは、とても複雑なものだった。「これで終わった」という解放感、しかしそれ以上に寂しかった。母親においていかれた子供のような気持ちにおそわれ、いい年をして私は泣きじゃくってしまった。


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