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<入選>
「出発のとき」
藤井 正恵(51) 大阪府堺市・主婦

 とうとうその時が来たと思った。気管切開したのどにとりつけられた人工呼吸器は、規則正しく肺の中へ空気を送り込む。鼻に挿入されたチューブは、確実に胃まで栄養を運んでくれる。まさに生きることのぎりぎりの姿である。自分では意思表示できないわが子のこうした処置を、これでよかったのだろうかと自問自答の日々が続いた。彼にとって生きるとは、幸せとは何なのか、私の中で停止したまま展開しない時期があった。そんな私をよそに息子は`生aへの希求を日々現実にしつつあった。苦しそうだった表情が、笑顔を見せるまでになり、ついに人工呼吸器を付けて退院するまでにこぎつけた。うれしかった。すべての人に感謝でいっぱいだった。今私は、心からこの処置をしてよかったと思っている。

 もうすぐ二十九歳の誕生日を迎える長男はいつも私たち家族の中心で、幸せを運ぶ男でもある。身体的にも精神的にも重い障害を持って生まれた彼は、医師の宣告した寿命をはるかにこえた。

 誕生、それは喜びのはずだった。「小頭症」はじめて聞く障害名が理解できない自分がいた。「脳が発達しない」。医学書にしるされた部分がどんどん現実になり、押しつぶされそうだった。首はいっこうにすわる気配をみせず、ちぎれそうな人形の首のようだ。スプーン一杯のミルクさえ飲み込めない現実に気が狂いそうだった。

 一年過ぎても二年が過ぎてもあおむけに寝たままの状態は、変わることはなかった。夜となく昼となく泣き続けるわが子に布団をかぶせたこともあった。疲れはてて夫と大げんかもした。「おまえがしっかりせんと、ヒロは生きていかれんのよ」。田舎の母は電話の向こうで泣いていた。夫は仕事から帰ると、いつも息子の首を支えながら外へ連れ出した。家族の愛は私を変えた。「絶対死なせへん」。障害をしっかり受けとめ、一歩を踏み出すのに多くの時間は必要なかった。

 昭和五十四年、どんなに重い障害を持った子供でも学校という場所へ、どうどうと行けるようになった。それまで就学猶予の手続きをすることがあたりまえとされていた先輩たちにくらべると、六歳になって普通の子供と同じように教育を受けられる場所へ行けることは、とても幸せというべきかもしれない。しかし食べること排泄(はいせつ)すること、生存する上でもっとも基本的で重要な行為こそが、息子たちにとって、とても必要で大切な教育であるはずなのに、使命感、義務感のみで動く人々も少なくないという現実にはがく然としたものだ。行政においてもしかりで`生きることaそのものが教育である子供たちについて討議することは、時間とお金の浪費であるとでも言うように、常におきざりにされてきた。同じ障害を持つ子供たちや母親との出会いは、さらに私を強い母に変えていった。

 中学部に通うころには、刻み食も食べられるようになった。しかし二十歳を過ぎてからは、次第にミキサーでどろどろにすりつぶしても、ひっかけるようになり、水分までも誤嚥ごえんすることが多くなった。目にいっぱい涙をため、むせながら苦しそうに、時には顔色さえも変わる。それでも生きるためには、どうしても食べなければならない。私はひとさじひとさじ注意深く口の中へ一所懸命運ぶ。それは食べるというより、命を守ろうとする親子の戦いであった。せき込んでもせき込んでも、体からたんがうまく出せない。ぐらぐらする首を支えながら安定しない体をうつぶせにして、背中を折れてしまうのではと思うくらいにたたく。それでも出ない時は、のど仏のあたりを強く押して刺激する。苦しそうにやっとかたまりのたんを出す。もう限界なのだろうか。成長するにしたがい変形してしまう体は、とうとう肺までも圧迫し、呼吸することも難しくなった。その影響で肺炎を繰り返し、「生」の原点である「食べること」さえ奪われようとしている。

 「お母さん人工呼吸器、鼻腔びくう栄養は終わりの処置ではありません。生きるためにつけるのです。本人がもっともっとらくに生きられるように」。彼を二十年以上も診てくださっている主治医の言葉が胸にしみた。さらに「先のことは僕が考えます」。先生の責任ある優しさに、まだまだ生きられると確信した。

 重い障害をいくつもいくつも背おって生きているわが子、苦しいとも言えず、つらいとも言えず、ただ目を大きく見開いて訴えるだけ。それでも彼は懸命に生き、時折見せる無心の笑顔は私を最高の気分にさせる。親ってなんて幸せな仕事だろう。のどに穴をあけた時、食べ物を口から食べられなくなった時、とうとうその時が来たと思った。でも今は、人工呼吸器をつけて出発の時が来たのだと思える。ありがとう、彼を支えてくれた人々。ありがとう、家族。そして心から幸せをありがとう。すてきな息子、ヒロノブへ。


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