日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  

<佳作>
「家族の絆の中で」
湯本 有香(29) 愛知県名古屋市・会社員

 十七年ぶりの大雪が降り積もった寒い正月休み最後の日曜、母は脳梗塞で倒れました。私たちの生活はこの日を境に大きく変わりました。生死をさまよった母は奇跡的に一命を取り留めましたが、それは同時に母と私たち家族の苦悩の生活の始まりだったのです。

 目を覚ました母を待っていたのは右半身マヒと失語症という恐ろしい現実でした。後遺症の回復程度と時間は十人十色で専門医でさえ未知数としか言えないのです。

 それからの入院生活は半年にわたり、その間父と私と妹の三人で家事と介護を分担し、三日に一度は病院に寝泊まりして直接会社に行くという生活を送りました。ただひたすら毎日一日もかかすことなく病院へ足を運びました。元気だったころの母にもう一度戻ってほしいという思いが、自然に私たちを動かしたのです。

 しかしながら私たちの思いとは裏腹に、母の病状は一進一退で歯がゆい思いをさせられる日が続きました。母が入院して以来、私たちに自由な時間などはほとんどありませんでした。久々に外出してみても、すぐ携帯に電話があり呼び戻されるため、次第に外出することに後ろめたい気さえするようになりました。しかし私にとっては彼氏と過ごす時間だけは唯一の安らぎであったため、その時間を減らしたくない思いから彼とのデートさえ病院やその付近が中心となっていました。

 つらい生活の中での小さな希望は、彼と約束した将来のことだけでした。ところが無情にもその小さな希望さえ断たれてしまったのです。彼の両親は病気の母を持つ私との結婚を許すことは出来ないというのです。私は生きる希望を失い、死のうとさえ思いました。しかしどんなに泣いても明日は当たり前のようにやって来るのです。そして母が倒れたことで一番苦しみ、負担を負っている父が、一度も弱音すらはかずにひたむきに頑張る姿を見ているうちに、私も現実と向き合おうと思うことが出来たのです。

 ようやく六か月という長い入院生活も終わり、母はリハビリ病院へ二か月の期限付きで転院し、その後、母のたっての希望と長期入院患者の受け入れ病院がないとの理由で八か月ぶりに自宅に戻ったのです。本当の意味での私たちの介護生活はここからでした。

 何せ家には看護師もいなければナースコールもないのです。その上あまりにも病院生活が長かったせいか母は私たちに対して限りなく病院にいる時と変わらない環境を求めてきました。母のわがままは時に度が過ぎ、私たちを困らせたり怒らせたりもしましたが、不思議と誰か一人は母の慰め役を果たしていたため、家族という微妙なバランスは保たれていました。

 また私たちにとって当たり前の日常生活は、母にとってすべてがリハビリであり大変なことのようでしたが車いすから歩行器を使って歩けるまでにと着実に良くなっているようでした。時にははやる気持から、つい母に更に一歩進んだ杖での歩行に挑戦させ、目を離した瞬間に転倒し大けがをさせたのではと心臓が止まりそうになる思いをしたり、倒れそうな母を支えきれず二人で倒れてしまったりというようなこともありました。

 最近では外出を望む母の気持ちに沿って、週末は買い物や食事に出掛けることも増えてきました。バリアフリー化が叫ばれる昨今ですが、現実はまだ障害者には住みにくい社会であり、私たちは必ず事前にお店に洋式トイレや階段の有無を確認しなければならず、実際は決して楽なことではないのです。

 手探りで始まった母の介護生活も早一年がたち、ようやくこの現状を精神的にも肉体的にも真っすぐ受け入れることが出来るようになった気がします。ここまで来るのに私たちが犠牲にしたものは計り知れません。同時に母を始めとする家族や自分自身の将来への不安や負っているハンデの大きさを感じると、自分は何のために、誰のために生きているのだろうと考えさせられます。今の私にはまだその答えは見つかりません。

 ただ一つ言えることは、私は家族を差し置いてまで自分の幸せを追うことなど出来ませんでした。たとえ、そうしていたとしても、本当の意味で幸せになることは出来なかったでしょう。友人が次々と結婚、出産という話を聞きうらやましく思いますが、私は母とこうして再び食卓を囲んで、不自由な右手でおいしそうに食事をする母を見ながらの家族団らんのひと時に小さな幸せを感じています。

 家族のつながりが薄れゆく今の世の中で、私たちは家族というかけがえのない絆を見つけることができました。ゴールの見えない道を一歩踏み出したに過ぎませんが、この家族の中なら必ず乗り越えられると信じています。

 そして今日もまた母の少し聞き取りにくい「いってらっしゃい」の言葉に見送られて、私は家を出るのです。


BACK >>>

  日本医師会ホームページhttp://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.