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<佳作>
「私の医療体験記」
千葉 瑞穂(17) 宮城県気仙沼市・高校生

 クローン病――それが百日間を病院で過ごし、退院する前日になってようやく告知してもらった私の病名でした。

 受験を控えた中三の夏、突然体調が崩れ出しました。微熱が続き体力も落ちて、一月もたたないうちに体重が十キロも減ってしまったのです。

 病院に行くとすぐ入院が決まりました。そして入院二日目からすぐに検査が始まりました。その時には自分が何の病気なのかすら分かりませんでした。

 まず小腸の検査から始まりました。小腸の検査は鼻から小腸までチューブを入れてバリウムを小腸に中に満たしていくものでした。予想していたよりも苦しい検査で驚きましたが、無事に検査ができました。

 次の日は大腸の検査で、肛門部からカメラを入れるというものでした。検査室で検査服に着替えた時、いかにも病人らしくなった自分の姿に、不安と情けなさで思わず涙がこぼれたものです。こんなときこそ、病院は不安な病人の気持ちにもっと寄り添ってほしいと思います。

 二つの検査が終わり、そして私の闘病生活が始まりました。

 初めのうちは病院の生活に慣れず、ぎこちない日々を過ごしていました。毎日同じことの繰り返しで気がめいっていた時、研修医で女医のA先生と出会ったのです。きっかけは主治医のかわりに回診に来られた時でした。十四歳の私とも打ち解けて話をしていただいたのです。病院には私と同年代の人がいないこともあって、A先生と会うのが楽しみになりました。

 A先生からは、病気のことについても励ましていただきました。私の病気は私くらいの年代で発病すること、同じ病気の人でも大学を出て医者として活躍している人がいることなどを聞きました。ただ、その時はまだ自分の病気が何であるか知らされていなかったので、あまり気に留めませんでした。

 でも、退院する前日、私がクローン病だと告げられた時、やっとA先生が言っていた言葉が理解できました。なぜ将来のことまで話していたのか、なぜ生死にかかわる病気ではないと大げさに話していたのか。すべてはクローン病が難病だからでした。初めて自分が難病だと聞いた時、誰もが動揺するのでしょうが、不思議と私は納得してしまうところがあったのです。腸の病気で私よりも重症と思われる患者さんが、先に退院していくのを見てずっと不思議に思っていたからです。

 どれほどの難病であっても、その病気についての事実を何も聞かされずにいるよりは、その事実をきちんと告知してもらうことで、その病気を受け止める覚悟と、それを克服しようという勇気が生まれると思うのです。

 退院した日、一人の看護師さんにこんなことを言われました。「最近は廊下の真ん中を歩くようになっていたよね。入院当初ははじっこを歩いていたんだよ。知ってた。自分に自信が出てきた証拠だね」本人が気づかなかったような患者のささいな行動まで気にかけている看護師さんに、感心してしまいました。この言葉は今でも忘れられません。

 クローン病は難病指定されているにもかかわらず、世間にはあまり知られていません。私の場合初期の状態だったので、今は普通の人と同じように暮らしています。しかし、少しでも体に負担がかかると腹痛や下痢をおこします。もしこれが中期、末期の人であれば社会生活は困難になります。しかし、そのことはあまり知られておらず、社会の手が差し伸べられていないのが現状なのです。

 私がクローン病になったのは、もしかすると、この病気の治療とこの病気について人々に理解してもらうことが使命として与えられたのではないかと考えることもあります。そのためにも医療にたずさわる仕事について、この「使命」を果たすための知識と技術を身につけたいと思い、その目標に向けて努力しているのです。


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