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<佳作>
「わたしの主治医、H先生」
原 いつみ(9) 福島県福島市・小学3年生

 「シュジイ」という言葉を知ったのは、保育園の年長組の時でした。わたしがインフルエンザで入院した時、お母さんが、「いっちゃんには、やっぱりH先生だね。H先生は、いっちゃんの主治医だものね」と、考えるように言ったからです。わたしは、「シュジイって、なあに」と聞いたと思います。お母さんが何て言ったかはおぼえていませんが、今では、主治医がどんなお医者さんかよく分かります。主治医は、その人の体のことをよく知っていて、病気をがんばって治してくれるお医者さんです。

 そして、あのインフルエンザの入院で、病気は本当にいやだな、けんこうが一番と思いました。今でも、その時のことははっきりおぼえています。

 「お兄ちゃんはインフルエンザだから、近よってはだめだよ」。お母さんは、お兄ちゃんのねどこを、べつな部屋に作りました。氷まくらを作ったり、食事を運んだり、お兄ちゃんにばっかりやさしくしていました。わたしは、うらやましくて、「ぼくちゃんも、かぜになりたい」と言って、お母さんの見ていない時、お兄ちゃんの部屋に行きました。

 「お兄ちゃん、だいじょうぶかい。はい、お見まい。がんばってね」。わたしは、家の前のくわ畑から、オオイヌノフグリやヨモギをつんで、花たばを作りました。お兄ちゃんはねつが高いので、水分ほきゅうに、まくら元には、いつもポカリスエットがありました。わたしは、こっそり行って、お兄ちゃんにお代わりを作ってあげました。

 「いっちゃん、何してるの。うつっちゃうよ」と、お母さんはおこりましたが、わたしは一人でつまんないし、やさしくしてもらえるお兄ちゃんがうらやましかったのです。今では、病気からわたしを守ろうとしていたお母さんのやさしさが分かりますが、その時は分からなかったのです。

 そして、わたしもとうとうインフルエンザになりました。でも、わたしのねどこは、今まで通り、みんなと同じです。お兄ちゃんは一度なったので、もううつらないからです。お母さんは、やっぱりやさしくて、氷まくらを交かんしたり、食事を運んだりしてくれました。

 でも、わたしは、あつくて苦しくて、お母さんの特別食も、全ぜん食べる気になりませんでした。冷たい飲み物だけを飲んでいたわたしは、栄ようがとれなくて、インフルエンザに負けてしまいました。お兄ちゃんは三日目で治ったのに、わたしは五日目、とうとう入院になってしまったのです。入院する前、二回もお兄ちゃん先生に見てもらい、三回目でH先生でした。点てきをされて、車のついたベッドで病室に運ばれ、わたしは、とっても安心しました。

 H先生は、保育園の園医さんでした。それにわたしは、アトピーやぜん息、「太っちょけんしん」でお世話になっています。H先生は、あまりしゃべらない先生ですが、とても勉強家です。しんさつ室には、お医者さんのめんきょのほかに、「アレルギーせん門医」のめんきょもかざってあります。お母さんが言うには、特別な勉強をしないともらえないそうで、二年ごとにテストがあるそうです。H先生は、がんばり屋です。

 いそがしい先生ですが、夏休みに、わたしの通っている学童保育のために、「けんこう教室」を開いてくれました。ビデオやクイズで大変分かりやすく、くわしく教えてくれました。のどにはとびらがあって、食べものと水を見分けることも分かりました。その中で、一番だめなのは、やっぱりたばこでした。たばこをすうと、肺の回りにヤニがついて、肺がぼろぼろになることが分かりました。家に帰ったら、さっそくお父さんに教えてあげました。お父さんは、きんえんを始めたばかりなので、とても安心したようです。お医者さんは、病気を治すだけでなく、病気にならないように体に大切なことを教えてくれるのだと、初めて分かりました。

 わたしは三年生になって、一度もぜん息の発作を起こしていません。でも、一年に一回は「太っちょけんしん」に行かなければなりません。初めは、せがのびるから、元気に遊ぶだけでよかったのですが、今は先生にすすめられて、週二回スイミングに通っています。

 今年の目ひょうは、「運動をして、バランスよい食事をとること」に決めました。わたしは、今までみどりの野さいを食べなかったので、これからは、ブロッコリーやほうれん草、ピーマンなどを食べようと思います。苦手な外遊びもがんばり、病気に負けない強い体を作りたいです。H先生は大好きだけれど、「太っちょけんしん」は、早く終わらせたいです。


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