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<佳作>
「笑顔がつくれるお医者さん」
大須賀 琴(11) 東京都品川区・小学5年生

 「先生、血圧が上三十七です」。看護師さんがお医者さんに言った言葉です。私を帝王切開術で産もうとしている時の母の血圧です。「三十七」、これは、かなり低いそうです。下半身麻酔で母の手からは血がどんどん引いていき、手の感覚がないことを母がお医者さんに言うと、お医者さんはすぐに血圧を上げる薬を注射しました。手の感覚はもどり、それからおなかを切り、私が生まれたそうです。

 私は生まれてすぐに新生児室に入りました。次の日、新生児室ではいた物の中に血が混ざっていました。それをベテランの看護師さんが見つけて、すぐに小児科に連れて行ってくれました。小児科ではすぐに胃洗浄をしました。そして看護師さんに、私が「新生児メレナ」になっていて「K2シロップ」という薬を飲むと心配ないと言われ、「K2シロップ」を飲んで様子を見るため、小児科の保育器に二日間入院しました。

 私が幼稚園の時に、深夜に「新生児メレナ」の女の子のドキュメント番組が放映されていたそうです。七才ぐらいの女の子の体は、幼稚園の妹よりも小さく、目が見えているのかいないのか分からない。一人ですわることもできず、話すこともできず、意志もあるのか分からない状態だったそうです。その女の子は「生きても七才か八才ぐらいです」と言われたそうです。父と母はその時初めて「新生児メレナ」のこわさを知りました。「あの時看護師さんに見つけてもらい、すぐに処置をしたおかげだね」と言ってなみだが止まらなかったそうです。

 私の姉も、難産で生まれたそうです。四十八時間の陣痛の末、緊急手術をすることになりました。たまたまお医者さんや看護師さんの交代する時間だったので、手術の準備が早くスムーズに行われたそうです。肺に胎便が入り、姉は仮死状態だったそうです。脳に酸素が行かない時間が長かったため、お医者さんは父に、「今夜が峠ですね。助かっても、障害が残ると思ってください」と言われたそうです。その日、父は生きた心地がしなかったそうです。でもお医者さんや看護師さんたちが、一所懸命治りょうしてくれたおかげで、心配していた障害も残らず、姉は大きな病気もしないで元気いっぱいです。

 私たち姉妹は、生まれた時から、優秀なお医者さんや看護師さんたちに恵まれていました。私たちの生まれた時の話を聞くたび、お医者さんや看護師さんたちに感謝の気持ちでいっぱいになります。

 世の中には、医りょうに恵まれていない子どもたちがたくさんいます。生まれてすぐに死んでしまう赤ちゃんもいるそうです。ぜん息で苦しんでいる子や、アトピー性皮ふ炎で肌がガサガサになって、かゆみで苦しんでいる子どもたちを助けてあげたいです。私の通学している学校でも、ぜん息の発作で休んだり、みんなと同じ給食が食べられない子がいます。牛乳を飲めない友達もクラスにいます。「みんなと同じようにできたらいいのになぁ」と、いつも思っています。

 私は病気で苦しんでいる人、病気でいやな思いをしている人の笑顔が見たいです。だから私は、やさしい心で、思いやりがあり、患者さんの気持ちが分かる医者になりたいです。特に、小さい子どもたちを診る小児科の医者になりたいです。心の底から元気に明るくなってもらいたいです。

 病気や、けがが重くて元気がなかったり、おちこんでいたりする子がいたら、すぐに適切な処置をとれる医者になって、患者(子ども)に、いち早く元気になってもらいたいです。そして私は、病気にならないようなバランスのいい生活も指導できる医者になりたいです。例えば、けがや病気をしないように好き嫌いなくきちんと食べたり、健康な体にするために運動をするなどといった生活指導もできる医者になりたいです。

 そのためにたくさん勉強をして、たくさんの友達をつくり、色々な人とふれあいたいです。

 そして、たくさんの子どもの笑顔をつくれるような、医者になりたいです。


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