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<日本医師会賞>
「わが子を見つめ、わが心を見つめる」
松本 昌己(43歳) 埼玉県比企郡・会社員

 イラストの付いた水色のエプロンの婦長さんが、「ミーちゃん・・・」と笑顔で声をかけてくれます。そして廊下の向こうから初老の医院長が、長い白衣の前ボタンをすべてはずしたまま手を振りながら、「ミーちゃん元気!」と近寄ってきます。その大きな笑顔には名医であるという`おごりaはかけらもありません。これは、小児障害医療専門の「S」病院の光景です。しかしそこは私にとって経験したことのない衝撃的な現空間でした。

 足に障害を持って生まれた二男、一見して「車いす」の文字が私の頭をよぎりました。担当医と相談して他の理由をつけ、一週間妻をだまし、二男を抱かせなかったこと、後に事実を打ち明け、妻と共に改めて二男を病院へ迎えに行った時のことは、今もよく覚えています。

 やがてある大学病院を経て「S」病院のK医師に巡り合うことになります。K医師は長袖のネルシャツに毛糸のベストという格好のまま、柔らかく繊細な手指で丹念に二男の足を触診すると、冷静かつ穏やかな表情で妻と私に、二男の足の状態、過去の症例、今後の治療方針を説明して下さいました。そして私たちの質問にも丁寧に答えて下さり、治療方法の選択肢がいくつかあることも説明して下さいました。その最後に、車いすも松葉づえも必要がないことを告げられ、私たちの大きな不安は少しずつ喜びに変わっていきました。

 K医師の治療方針を詳細に伺ったのは二度目の受診の時でした。二男の片方の足は脛骨が少し湾曲しているので、装具で矯正していく方法です。しかし、もう一方の足は生まれつき脛骨の半分以上が無く、足首の関節も形成されていませんでしたので、足首から先を切断して義足を使用するというものでした。それは私たちにとって当然未知のことであり、果たして二男にとって最良の方法なのか、大きな決断を迫られる時が訪れました。

 二男への方針を家族や近親者に話すと、一様に「なぜわざわざ切断をしなければならないのか」、そんな疑問の声が上がりました。それから数か月間、私はこの症例についての文献を探し回り、また、複数の医師に二男を診ていただきました。中には`医者は強者、患者は弱者aとあからさまな態度の医師もおり、憂うつな思いで逃げ帰ったこともありました。その後友人の手助けで、二男と同じ症例の患者さんの記録を手に入れました。それは切断せずに何度も手術を繰り返し、最終的に十九歳で切断するという症例でした。私が切断法を決断する大きなきっかけになった文献です。

 しかしながら今振り返ると、私の選択は、K医師に出会った時にほぼ決定されていたように思います。K医師は常に私たちの質問や意見に誠実に答えて下さり、方針を決して押し付けることなく、いつも十分な時間を与えて下さいました。やがて生後八か月で二男の一方の足は切断されました。不安と、不憫さを抱えた中でしたが、私と妻は、医師として、人間として信頼のおけるK医師にすべてを託しました。その後二度の手術を経て、二男は今年志望高校へ進むことができました。両足に障害を持ち、その一方は義足ですが、水泳も、一輪車も、スキーをもこなし、私たちが「努力の人」と呼ぶ二男は、今まで一度も弱音を吐いたことがありません。K医師に出会うことが無かったら、もう少し違う生活が待ち受けていたのかもしれません。

 「S」病院、そこは私の生活する社会とは違う、衝撃的な別世界でした。通院してくる子供たちは皆、何らかの障害を持っています。それに引き換え、大きな車いすを押して来る母たちはとても明るくきれいで、いつも我が子に語りかけています。それまで私の身近なところに障害を持った方がおりませんでしたので、当初はそんな光景から自然と目を背けてしまいました。二男が手術をした時、病棟にもさまざまな症状の子供たちがおりました。生まれつき両足の骨が細く、骨の中にパイプを通す大手術の女の子、両手両足に重い障害を持って生まれた男の子、車いすでいつもほおづえをついていたロングヘアーの美少女、彼女は筋ジストロフィーでやがて亡くなりました。

 時がたつにつれ、私は同じ境遇のわが子を通して、身体や健康や生活が「普通である」ということがどれほど素晴らしいことなのか、私自身の心の目線が大きく変わっていくのを実感しました。「S」病院のスタッフはそんな子供たち、そして我々の心まで救ってくれているように思います。イラストのエプロン、処置以外では白衣を着ないこと、それは子供たちに恐怖心を与えない配慮だそうです。最近では二男の通院も減りましたが、私は時折、「S」病院へ行きたいと思う時があります。そこは私にとって、当たり前の日常で「忘れかけている何か」を感慨させられ、同時に「生きる力」を与えてくれる現空間なのです。

 K医師との巡り合い、そして「S」病院との出合いは、感謝であり、幸運であり、なぜか今、私の誇りのように思えるのです。


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