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<入選>
「心のお守り」
高橋 ひかり(33) 東京都羽村市・保育士

 私は不妊治療を経て、結婚四年目にして待望の赤ちゃんを授かった。そしてこの後、予想もしない悲しい結末が、私たち夫婦を待ち受けていることも知らず、念願の妊婦生活を満喫していた。

 出産予定日の夜、今まで痛いほどに感じていた胎動がないことに気付いた。時間の経過と共に大きくなる不安をかき消そうと、気を紛らわしていたが、再びあのいとしい胎動を感じることはなかった。

 その三日後、私の不安は限界を超え、頭をかすめる悲しい予感が現実になることを覚悟しながら夫と病院に向かった。

 その時私は、その女性医師と出会った。

 真夜中の二時過ぎ、私とさほど年齢が変わらないであろう彼女は、私のおなかにエコーをあて、赤ちゃんの様子を念入りに見ている。小さい体で、エコーの画面が私に見えないよう配慮しているように見えた。別の医師もエコーで確認していたが、誰が見ても結果は同じだった。

 「本当に言いにくいのですが、残念ながら、おなかの赤ちゃん、亡くなっているようです。亡くなっているのがわかってすぐ、こんなことを言うのは心苦しいのですが、おなかの中で赤ちゃんが亡くなっていても、普通に産んであげなくてはならないんです。もしも赤ちゃんが出てきにくい時は、かわいそうなのですが、首を切って頭と体を別々に出してあげなくてはいけません。でも私たちも、できるだけ普通の状態で産んであげられるように頑張りますから・・・」。彼女が懸命に言葉を選び話しているのが、痛いほどに伝わり、言葉の節々、表情から、彼女の優しさを感じた。

 私の大切な娘は、平成十二年八月二日、彼女と三人の看護師・助産師に見守られながら、ひとつの体で産声をあげることなく産まれてきた。すべてが終わった瞬間、彼女が言った。「高橋さん、頑張ったね。我慢しないで、たくさん泣いていいんだよ」。今まで我慢していた分、思い切り泣きたかった。でも声では泣けても、涙は全く出なかった。夫が横に来るまでの間、彼女は、そんな私のそばにずっといてくれた。娘がお空にいってしまった原因は「臍帯真結節」。へその緒の結び目だった。

 胎児の死亡を確認し、出産・出棺・退院まで、彼女はいつもそばにいてくれた。病院からの出棺の際、婦長さんと一緒に納棺を手伝い、娘に手を合わせてくれた。出棺後も、泣きながら娘への思いを話す私の肩を、目頭をおさえながら支えてくれた。そして、私の病室の前を通ったり、廊下で私を見かけると、必ず声をかけてくれた。「今日は私が当直だからね。何でも遠慮なく言ってね」「ちゃんと眠れる?無理しないでいいからね」。彼女の声が、何度となく私を助けてくれた。

 それから十か月後、不妊治療再開の末、私は二人目の赤ちゃんを妊娠することができた。その直後、彼女は他の病院に転院することになり、私は今までの感謝の気持ちを手紙に記し、私の主治医から手渡してもらった。

 彼女が転院してからどのくらいたっただろう。私のホームページに、彼女からの書き込みがあった。それからしばらくして、私は第二子である息子を、帝王切開で出産した。この時彼女から「遠い空からお祈りしています」とメールがあり、出産直前に様々なトラブルに見舞われていた私の心のお守りとなった。

 そして今年の八月二日、娘の三回目の命日を迎え、数日後、心のざわつきがおさまり始めたころ、彼女からのメールを読み、号泣した。

 彼女は、娘の命日に私と同様、過去に子どもを亡くした方の出産に立ち会い、生まれてきた赤ちゃんが女の子で、偶然にも娘と同じ「かのん」と命名されたと記されていた。そして「かのんちゃんが、私の所に来てくれた」と・・・。

 彼女が私と出会ったのは、産婦人科医となって間もないころだったらしい。私の死産で大きな衝撃を受け、産婦人科医として、そして同じ女性として忘れてはいけない多くのことを学ばせてもらったと記され、これからも毎年、私の娘のことを思い出させてほしいと、優しい文章で締めくくられていた。

 この手紙のことを、ホームページに掲載したところ、多くの「天使ママ」からの反響があった。

 女性が妊娠して無事に出産できることが、当たり前とされている世の中で、どれだけの女性が、悲しい出産に涙を流しているのだろう。悲しい出産をなくすことができないのならば、彼女のような優しい温かさを知っている医師が、たくさん誕生するようにと願ってやまない。

 私の悲しい出産の時、娘をとりあげてくれたのが、彼女で本当に良かったと思っている。彼女がくれた心のお守りは、一生忘れない。


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