日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  

<入選>
「パパの娘で良かったよ」
牛込 眞智子(58) 東京都目黒区・主婦

 「パパ? パパー。頑張ったね。お疲れ様」「あったかーい。まだ温かい。パパありがとう。私たちにいっぱい勇気をくれて」娘は夫を抱きかかえながら、頭やまゆを優しくなでる。母親が子を見詰めるまなざし。涙が滴になってほおを伝う。

 平成十四年十一月二十八日。午後二時。夫が自宅で息を引き取った。脳腫瘍だった。晩秋の低い日差しが、夫の顔と体に優しく差し込んでいる。「本当に死んじゃったの。うそでしょ」。穏やかな夫の顔。娘がおひげをそっている。静かな居間に電気カミソリの音だけが響く。いつものようにおとなしくひげをそってもらっている夫。動かない美しい白い手は、たくさんの患者を診て来た手だ。

 死亡する四日前に、快く私たちを引き受けて下さったI先生に電話をする。病院に帰せば夫は楽になるだろうか? 否。楽になるのは私たちの体だけ。大学を一年休学して、介護を共にしてくれている娘と悩んだ末に、最後まで家でみとろうと決心した事に、協力して下さった医師だ。死の確認をして下さる。「最後の方は意識が混濁していたから、お二人が感じているより、本人は苦しまないで済んだと思いますよ」との言葉に救われた。「先生に出会えて良かったです」。娘は感謝の気持ちを述べた。葬儀社のSさんが到着する。Sさんが言う。「私がやれば早いのですが、ここまで介護なさったのですから、あえて手を出しません。お二人でおやり下さい。在宅で五か月間、お下にもかびが生えず、歯もピカピカ。介護をいかに頑張ったか、一目でわかります」。死後硬直が来る前に、体をふく作業に入る。「パパにもう一回抱っこしてほしかったナッ。パパ大好きだよ。パパの娘で良かったよ」。娘はパパの胸に顔を埋める。

 夫は最後の十日間、しゃっくりと酸素濃度低下の中で頑張り抜いた。「うっふーん」とうなりながらも、「ダイジョーブヨ」と唇が動き、力強く手を握りしめて来る。「生きるって、こんなにも大変なんだよって、身をもって教えてくれたよね。忘れないよ。でも良かったね、パパの大好きなおうちで」。熱いタオルで体をふく作業は、二人にとって介護の延長であり、病人と遺体の区別は無かった。娘は話し掛ける。「パパ優しいから最後まで介護できたんだよ」。しまいには、夫の布団に入り、腕枕をしてもらっている。幼い日に、昔話をしてもらっている姿だ。家ならではの事だろう。全身に愛用のパウダーをはたいてあげて、楽しい思い出の服を着せてあげた。いとしい人への最後の奉仕と思えて、ありがたい作業だった。Sさんが言う。「病院では看護師さんがやる仕事なんですよ。ご主人は幸せですよ」「パパ幸せ?」。娘がささやく。

 二月下旬から少し疲れ気味の夫としか映らなかった。S医大で脳腫瘍と診断される。入院二日前まで患者を診、医師会活動も頑張っていた。腫瘍は、左側頭葉にりんご大の大きさ。グレードIV。典型的な神経膠芽腫だった。「しばらくの間休診ですか?」の私の問いに、「廃院ですね」とM教授は厳しく答えて下さった。何もしなかったら余命三か月、手術をしても半年。容赦の無い過酷な事実。今までの幸せが、一時に音を立てて崩れて行った。

 手術後、エックス線、化学療法と闘い、「この病は、おうちに連れて帰らないと悔いを残す事になります」との執刀医の助言に従い、六月末に退院した。夫をストレッチャーに乗せての退院だったが、家に戻った時、自力でベッドから起き上がったのだ。「信じられない。まゆみが起こしてあげたの?」。おうち大好きの夫。この変わりように、家が癒やしの源と思い知らされ、悔いの残らぬよう、この家で過ごさせてあげようと決心したのだった。

 しかし夫の病は、いや応無しに私たちを、介護地獄に追いやった。記憶喪失、失語症、一歳未満の赤子の状態。あの聡明な夫が、何一つ自力でやれなくなって行く。私たちは退行して行く病状の変化に伴い、介護の対応を変え、役割や約束事を身につけて行った。排便時、肛門に指を入れての摘便もとっさに出た行為だった。次第に軽眠とこん睡に陥る回数が増えて行くと、終わりの無い介護作業が、さらに厳しいものとなった。薬の副作用で、尿が途切れる事なく出る夜中は、睡魔との戦いとなる。しかし持ちこたえた夫の、嬰児のような顔を見ると、疲れが飛んで行くのだった。娘が甘えてみせる。「パパ遊んで」。こんなひとときが、一番の幸せの瞬間であった。切ない介護だったが、思い出をたくさん作ってくれた。夫の会話は、「パパ語録」として記録し続けた。私たちに安心して身を委ねてくれた夫の姿。手を握り締め続けた毎日。夫の優しさ、我慢強さ、謙虚さ、偉大さを、改めて気付かされた。「サンキュウ」「ありがとさん」を言い続けた夫。私は夫を、こんなにいとおしいと思った事は無かった。今年四月に、歯学部五年生に復学した娘の心の中で、夫は生涯生き続けるだろう。「パパの娘で良かったよ」


BACK >>>

  日本医師会ホームページhttp://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.