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<最優秀賞>
「勇気をもって」
米満 伸也(12) 佐賀県佐賀市・小学6年生

 三組のみなさん本当にありがとう。

 僕は今、外で元気に遊ぶことができます。大好きなテニスや柔道もできるようになりました。これはみなさんからの手紙のおかげです。みんなの手紙から勇気をもらいました。また、その手紙を読んで、見守ってもらっているんだなと感じました。

 その日、僕に発作がおこりました。何日か前から発作を経験していたけど、今回はちょっとひどかったのです。次の日病院に行きました。MRIで検査をすると、脳の側頭葉にしゅようがあることがわかりました。そう、脳しゅようだったのです。説明を聞いて、なんだそんな病気かと思いました。あんまり、よくわからなかったのです。

 2002年10月10日、クラスの人たちに、「早く帰ってきてね」とか「がんばってね」などの勇気づけられる言葉と手紙をもらい、学校を後にして、僕の入院生活が始まりました。

 入院するといろいろな検査が待っていました。最初は、ほかに病気のところがないかという検査です。それからMRIやCT、採血などもしました。とくにいやだったのは、血管造影でした。

 最初に肩と首の間に注射をされ、次に股のところに針が6センチメートルぐらいの注射をされました。それから専用の部屋に入り、強い光を頭にあてられました。かみの毛に火がついて燃えてしまうのではないかと思うくらい、強い光です。その光を三分間もあてられました。まるで砂ばくの上に立って、ギラギラした太陽に照らされているようでした。しかし、そんな時にも友だちの「早くもどってきてね」という言葉が僕を勇気づけてくれ、がんばるぞという気力がわいてきました。

 いよいよ、手術の日が近づいてきました。手術前日は、手紙をずっと読んでいました。「早く退院できるといいね」などの言葉に勇気づけられました。また、運動場で友だちとサッカーをしていたことを頭に思い浮かべながら過ごしていました。その日の夜は手術の夢を見ました。その夢では、手術は無事成功したのです。

 手術当日、病院の先生から、「大丈夫だからね」と言われました。でも心の中は不安がいっぱいで、死ぬかもしれないなとか、死んだらもう遊べないんだなとずっと思っていたのです。

 そして手術の時間・・・。

 目を開けると、手術は終わっていました。無事成功したのです。ほっとすると同時に、なんだかわからないけど、涙が出てきました。生きてるっていいなと思いました。

 その後、10日ぐらい食事ができません。それに、15日くらい痛みがありました。でももう少しで、退院できる。友だちと会えるという気持ちがどんどんわいてきて、がまんができました。20日ぐらいすぎると自分で歩けるようになりました。うれしくて、うれしくて、他の病室に遊びに行きました。そしてまた、手紙を書くようになりました。このころの手紙は、まるで、近くで友だちと会話をしているような気分でした。もっともっと話したいと思うようになりました。

 12月23日、退院しました。2か月と13日の長い入院生活の幕がとじたのです。

 今ふりかえってみると、入院から退院までずっと見守ってくれた学校の友だちや先生、毎日のようにいてくれたお父さん、お母さん、ずっと、看護をしてくださった看護師さん、病気を治してくれた病院の先生方、本当にいろいろな人におせわになりました。

 みなさんのおかげで僕は元気になりました。

 僕は、この入院生活で夢ができました。それは、人の痛みや苦しみを取り除くことのできる医者になることです。これから一生懸命がんばり、人に信頼されるりっぱな医者になります。


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