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<厚生労働大臣賞>
「約束」
林 祥子(49歳) 岐阜県岐阜市・会社員

 街中のビルの谷間に埋もれるように、その医院はあった。本当にここでいいのかな?と一抹の不安を覚えながら、私は建て付けの悪い古びたドアを力いっぱい引いた。

 うなぎの寝床のように細長くて狭い建物は薄暗く、廊下に長いすを置いただけの待合室には誰もいなかった。そっと受付の小窓をのぞいてみても人の気配はない。何だか怪しそうだ。やっぱりやめよう。そう思って帰ろうとした時、突き当たりの部屋のドアが開いて、童顔で風采(ふうさい)のあがらない一人の青年がぬっと現れた。「やぁ、いらっしゃい、どうぞ」

 いらっしゃいって、変な人だなと思ったが、見つかっては帰るに帰れない。仕方なく私は子供の手を引いて、右手の診察室へ入った。

 「どうしました?」。年代物の回転いすにどかっと座ったものの、どこかすっとぼけた表情で尋ねてきた青年が、K先生だった。白衣こそ着ているが、どう見ても名医からは程遠い印象だった。

 私は戸惑いながらも、「近所の人に喘息(ぜんそく)専門のお医者さんだと聞いたものですから」と、ポツポツ話を始めた。

 一歳を過ぎたころから喘息が発症したこと、発作を起こすと今にも死んでしまいそうなほど苦しむこと。どこの病院に行ってもますますひどくなるばかりで少しもよくならないなど、話しているうちに私はだんだん感情が高ぶってきた。そして、「このままならいっそ親子心中をした方がよほどマシだ」と聞かれもしないことまで口走っていた。終始うなずきながらも、黙って私の長い話を聞いていた先生は、「わかりました、とにかく拝見しましょう」と子供の胸に聴診器を当てた。

 「あぁ、まだヒューヒュー言っとる。あっちで吸入やろか。すぐに楽になるからな。ちょっと待っとってくれな」。いつもなら白衣を見ただけでおびえる子供も、K先生の人懐っこい様子にすっかり安心しているようだった。コクリとうなずく子供に優しくほほ笑みかけ出て行った先生は、じきに戻ってきた。そして私たちを最初に出てきた部屋へと案内してくれた。ベッドの脇に見たことの無い機械が置かれていた。

 「あの・・・点滴とかしなくていいのですか?」私の問いに先生は苦笑を浮かべて、「大人でも嫌なモノを小さな子供にやるのはかわいそうでしょ?やらずに済むことは、私はやりません」。穏やかだが、きっぱりとした口調で言った。

 しばらくして、お使いから戻ってきた看護師さんと交代してもらった私は、診察室で先生と話をすることになった。うかつにも私は休診時間中に来院していたのだった。

 「喘息は治らない病気じゃありません。治そうとする強い意志と、家族の協力があれば必ず治ります。逆に言えば、医者だけの力では治せるものではありません」。ボールペンをもてあそびながら、先生は私の目をじっとのぞき込んで言った。治るのか?しかし、強い意志と言っても、まだ三歳の子供にそんなものあるはずが無い。

 「お母さん、お子さんの前で絶対泣かないと私に約束できますか?」。また妙なことを言われた。「発作を起こして苦しんでいる時、子供が一番すがりたいのがそばにいるお母さんなんです。そのお母さんが泣いていたら、子供はより所をなくして不安になっちゃいます。不安はストレスになって、余計喘息を悪化させます」

 こんなに丁寧にわかりやすく説明してくれた医師はこれまで誰もいなかった。「もし、そんな約束出来ないとおっしゃるならば、私はお子さんの喘息は治せません。私が治すのではなく、治すお手伝いをするだけなのですから」

 強引なのか謙虚なのかよくわからないK先生に、私は子供の前では絶対泣かないことを約束した。ほんのわずかな時間接しただけで、私はK先生が信頼に足る医師であることを確信していた。いつ、どんな場合でも、医者の立場ではなく子供の視点で話をしてくれる。建物や見かけで誤った先入観を持ち、疑いの目で見ていた自分が恥ずかしかった。

 この日から、子供と私とK先生の三人による喘息との長くつらい戦いが始まった。そして、私は先生との約束を守り続けた。

 あれから二十年の歳月が過ぎた。かつては小学生になるまでは生きられない、と言われたこともあった子供も、無事成人した。残念なことに喘息は完治できなかった。今でも年に数回、K小児科のお世話になる。一八十aの体で、幼児を連れた多くの母親たちに交じり、待合室の長いすに座っているのは、はた目から見れば異様な光景かもしれない。しかし、子供にとって、ここは単なるかかりつけの医院ではなく、三歳の時からの心と体を託した聖なる地なのだ。どんなに年を重ねても、少しも変わらぬK先生の笑顔がある限りは。


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