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<読売新聞社賞>
「ハッピーエンドの介護」
阿部 久美子(33歳) 新潟県塩沢町・会社員

 我が家では、私が物心ついたころから、いわゆる「嫁姑戦争」がすさまじかった。母の涙を、今でも時々、思い出すことがある。

 争いの主な原因は、二歳年下の弟だった。祖母は、長男である弟を、とにかくかわいがった。弟の言うことは、どんなことでも無条件に聞いた。だから弟は小さいころから本当にわがままで泣き虫で、どうしようもなかった。

 もちろん、母も反撃した。「こんなにわがままじゃ、大人になった時に困る」と。しかし、返ってきた言葉は、「そのころには自分はもう死んでいるから、知ったことじゃない!」相手が強すぎた。母はよく頑張ったと思う。

 また、私も長女だったので、よくけんかのとばっちりを受けた。が、それでも祖母のことは嫌いではなかった。

 そんな祖母の足腰が弱まり、ほとんど寝たきりになってしまったのは、一九八九年の夏の終わりごろだった。原因は覚えていないが、突然のことだった。祖母は八十七歳だった。まず、必ず毎日一番に入っていたお風呂に、父の介助なしでは入れなくなった。本当は、たとえ実の息子といえども裸を見られるのは嫌だったようだが、祖母は体が大きかったので、小柄な母には無理だったのだ。また、トイレも和式で大きな段差もあったので、一人では行けなくなった。それでも何とか自力で行こうと、祖母は狭くて冷たい廊下を懸命にはっていた。そして、途中で身動きができなくなると、私たちに助けを求めた。

 そんなことが何度もあったので、ある日とうとう祖母はおしめをすることになった。その方が、トイレに行かなくて済むので、楽だろうと考えたからだ。でも、そうではなかった。おしめは、祖母の人間としてのプライドを、壊してしまった。

 泣くのだ。「大人なのにおしめなんかして、情けない」と、あの気丈だった祖母が私たちの目の前で、ぽろぽろと涙をこぼした。そして、これがきっかけとなって、祖母はだんだんとぼけていった。

 ある時、思い切っておしめを外してみたが、もうトイレの感覚がマヒしていて、布団が汚れた。すると、やはり祖母は、「情けない」と泣いたので、結局また、おしめをするしかなかった。介護の難しさを、初めて感じた。

 しかし、こんな状態になっても、正気になると祖母は母に嫌味を言っていた。親類や近所の人たちにまで、言いふらした。この時はさすがに、祖母のことが嫌になったものだ。

 だが、痴呆(ちほう)の症状が進むにつれ、祖母の母に対する態度が変わっていった。身の回りの世話を、母以外の誰にもさせなくなったのだ。もう、完全に母だけに頼り切っていた。その証拠に、母の顔だけは最後まで忘れなかった。母はどんなに嬉しかったことだろう。やっと思いが通じたのだから。母の苦労をずっとみてきた私も、本当に嬉しかった。

 もちろん、だからといって母一人では介護なんてできない。父も、積極的に母を助けていた。また、そんな両親の姿を見ていた私たち子供も、自然と自分たちにできる事を手伝うようになった。私は、おしめの交換などをした。

 大変だったけれど、祖母を中心に家族が一つになった。嫌な思いもしたけれど、みんながお互いを思いやる気持ちでいっぱいだった。

 その年の十二月、祖母は亡くなった。脳梗塞(こうそく)で倒れてから、二日目のことだった。

 葬儀が終わったあと、父が私に言った。「ご臨終です、と医者に言われたとき、いちばん最初に泣いたのが、お母ちゃんだった。本当にうれしかった。悲しかったけれど、お父ちゃんはそれがうれしくて、大泣きしたんだ」こんな両親を、私は心から誇りに思う。

 長い期間ではなかったけれど、祖母の介護経験は、私たちにとても大きな影響を与えた。

 妹は現在、ホームヘルパーとして頑張っている。二年前、突然転職したのだ。将来は、ケアマネジャーの資格を取りたいという。

 弟は、実は祖母のおかげで、とても優しい人間に育っていた。なんと高校生のころから、一人でよく祖母のお墓参りに行っていたそうだ。それも、お小遣いで祖母の大好物を買って・・・。もちろんほかのお年寄りにも優しい。

 父と母は今、小さなお総菜屋さんを営んでいて、一人暮らしのお年寄りに、毎日お弁当を配達したりしている。手間とガソリン代を考えると大変なのだが、とても喜ばれているそうだ。もう十五年にもなる。

 そして私は今、社会保険労務士の資格取得のため猛勉強中だ。年金や介護保険の相談などで、多くの人の役に立てたらと願っている。

 このように私たち家族は、祖母の介護を通じて、実に多くのことを学んだ。中でも、介護とは決してつらく苦しいことばかりではない、ということを知り、本当に良かったと思う。なにしろ、「嫁姑戦争」を「嫁姑同盟」に変えてしまったのだから。

 ハッピー・エンドの介護が、これからどんどん増えていけばいいな、と思う。


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