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<入選>
「母は弱し」〜二人の医師に支えられて〜
青木 あや(35歳) 千葉県市川市・主婦

 自分が精神的に強いか弱いか、そんなことは考えたこともなかった。親となってからは漠然と、「母は強し」という言葉に自らを当てはめてもいた。2年前、1歳にもならない娘の胸に大きな腫瘍が見つかるまでは・・・。

 夫は海外出張中、私は幼稚園の長男と11か月になる娘と3人で、その秋を迎えていた。少し前から体調のおかしかった娘の微熱が、この2週間ほど続いていた。

 かかりつけの女医K先生に早速診ていただく。最初は様子見だったが、薬を飲んでも熱が下がらないので血液検査。その結果、すぐに入院するようにとの指示だった。初めての子供の入院、夫は海外、近くに頼れる親類もいない。4歳の長男はどうしよう、この娘は大変な病気なのだろうか・・・。K先生はただおろおろする私の手をぎゅっと握った。

 「一緒に良い方法を考えましょうね」。その手の温かさに我を取り戻し、顔をあげると先生の笑顔。先生は言葉通り、完全看護の病院を探し、2日後に無事入院するまで、しっかりと見届けてくださった。

 大学病院に入院し、夫の帰国を待つ間も、娘の検査結果は、常に想像し得る最悪のものだった。入院して数日で、40度を超える高熱となり、病室のベッドで初めての誕生日を迎えた数日後には、胸を中心に何か所か、かなり大きな腫瘍があることがわかった。

 その夜は一睡もできず、「かなり進行したがん」という言葉を反すうしては涙を流し、「でも絶対に負けない!」と暗闇に叫ぶ、そんなことを一晩中繰り返した。自分がしっかりしなくては、という切迫した思いで奮い立つが、すぐに絶望感にさいなまれてしまう。

 翌朝、長男を幼稚園に送り、ダッシュで駅に向かう途中、ふいに声をかけられた。K先生だった。昨日出たばかりの検査の結果を伝えると、先生も一瞬絶句されたが、すぐに笑顔になり、私の腕をつかんで、「子供のそういう病気は、驚くほど治るようになっているのよ。きっとよくなります」と、力強くおっしゃった。途端に力がわき、今度は先生のその言葉を反すうしながら、電車に飛び乗ったことを思い出す。

 主人も帰国し、さらに大きな病院への転院が決まった。転院の日、笑顔で送り出してくれた看護師さんたちが、私に見えないように泣いている姿が、乗り込んだ救急車のカーテンのすき間から見えた。瞬間、「やはりこの子は死ぬのだ」とがく然とし、再度絶望の闇の中に戻ってしまう。加えて、転院後も検査の為の手術の見通しがたたない。娘は目に見えて衰弱してくる。腫瘍がどんどん大きくなっているのだと思うと、ただ涙が出て、私は主治医であるF先生に毎日訴えざるを得なかった。娘の腫瘍はとても大きく、検査のための手術さえ、万全の体制で臨む必要があるということだったが、私にはどうにも納得できない。ただ娘を助けたい、という思いに四六時中とらわれ、焦り、今思えば完全に精神のバランスを崩していた。その私の不安の矛先はいつもF先生。先生は辛抱強く私の話を聞く時間を作ってくださった。その時間が私の心をどれほど救ってくれたことだろう。小児がんの治療の現実を何度もわかりやすく説き、「僕は決して死ぬとは思っていませんよ」と、笑顔で言ってくださった時、やっと、転院以来の「この子は死ぬのだ」という呪縛から解かれ、ふと正気に戻るような感覚になったことを強く記憶している。

 検査の結果、娘は「ランゲルハンス細胞性組織球症」というとてもまれな病であることがわかった。難しい病気には違いないが、F先生に任せていればきっと助けてくださる。全幅の信頼のもとに、治療はすぐに始められ、娘は、今度は想像しうる最も良い結果を出し、驚いたことに、2か月後には退院することができたのだった。

 退院後、かかりつけのK先生は娘を抱き、涙を流して退院を喜んでくださった。その時、偶然にもF先生が研修医の時、ご自分が指導医であったと教えてくださった。当時F先生は、治療の甲斐無く小児がんで逝った子をみとり、血液腫瘍を専門とする道を選ばれたそうだ。若い情熱でがんの子を救いたいと願ったのであろう当時のまま、娘のような難病の子を生かすために、今も努力し続けておられるのだ。K先生とF先生、お二人の接点に驚くと共に、医師としての真摯な姿勢が私の中で重なり、妙に納得したことを覚えている。

 突然の娘の病気で、何度も私のひ弱な心は押しつぶされそうになった。そのたびに、K先生は柔らかな笑顔で、F先生は豊富な医学的知識と治療で、私の心を支えてくださった。娘は幸いにも一命は取り留めたが、まだまだ完治には至らず、これからも二人の先生にお世話になる日々が続きそうだ。今こうして元気に生きている娘を前にして、この場を借りてお礼申し上げる。娘はもちろん、「弱い母」である私を支えてくださったことに。


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