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<入選>
「我が子を救った心のリレー」
吉田 陽子(35歳) 富山県高岡市・会社員

 一昨年の4月、1歳5ヶ月だった息子に、ある日突然、病魔が忍び寄って来ました。

 始まりは、鼻水、夜中の発熱、翌朝小児科に受診という幼児にありがちな風邪。39度前後という熱の高さからインフルエンザの疑いもあり、服薬しながら様子見。案の定、高熱が続いたものの、再度受診した日は一旦熱が下がり、薬の方向性を決めるための血液検査を。すると、インフルエンザなら、むしろ減少するはずの白血球の数が1万9千と異常に多く(正常値は4千?九千程度)、体内でかなり強い炎症を起こしている可能性があると。しかし、全身をチェックしても化膿している部位はなく、鼓膜も赤くないと首をかしげる先生は、左耳を触ると極端に嫌がる息子を見て、何か気になることはなかったかと。そういえば、左耳だけが手前に起き上がっていることと、その耳を下にしてお乳を飲ませると泣き出して飲めないことが、ちょっと・・・というあいまいな私の返事も判断材料となり、「耳鼻科疾患の疑いあり」の診断結果が。その日は、熱が下がった安心感から、会社帰りに小児科へ向かったため、診断が終わるころには十八時に。明らかにどこの病院も診療終了時刻。「こんな時間じゃ、何もできない! 子供の様子がいつもと違うと気付いた時点で、どうしてすぐに・・・」といら立ちを隠さない先生。慌ただしく紙の上にペンを走らせながら看護師さんに指示を出し、なんと19時まで診察している耳鼻科を探して連絡を取ってくださったのです。症状を書いた紹介状と、先ほどの白血球の数値を書き込んだここ数日間の体温記録表を渡され、「これを持って急ぐように」と。

 言い知れぬ不安に胸が騒ぐ。息子を抱え、耳鼻科へ駆け込んだのが18時20分。受付で紹介状の封筒を渡し、初診の問診票を記入し終えると、名前を呼ばれて診察室へ。優しげな女医さんの姿を見て、ほっと一安心。症状と経過を話し、いよいよ診察。息子をひざに抱いて診察台に座った私の目の前で、穏やかな先生の表情が曇っていく。「うーん、よくないですね」。これが第一声。診察の結果は、急性中耳炎が重症化したもの。一般的な急性中耳炎と違って、息子の場合は側頭骨の蜂の巣状に孔のあいた部分に膿がたまっているため、外側からは見えないし、処置もできない状態だと。耳を起き上がらせているのは大量の膿の圧力、たまっているのが脳にとても近い場所、それがどういうことを招くのか。「すぐに紹介状を書くので、総合病院に行ってください。幼児ですが小児科ではなく、耳鼻科の診察になるよう書いておきますから。この体温表も添えておきます。病院には入院の準備をしてから行くこと。お母さん、しっかりね」

 言われるがまま、市内の救急指定の総合病院に到着したのは20時頃。紹介状のおかげで、耳鼻科の先生に診ていただけることに。暗い待合いロビーでの救いは、当の息子が左耳にさえ触れなければ、泣かずにおとなしく私の腕に抱かれていること。しばらく待って案内された診察室にはここでも女医さんが。問診と診察の後、「先の診察通りだと思いますが、おそらく手術になるかと。その場合、幼児の手術のできる大学病院に行っていただくことになります。大学の先生に連絡してみますね」。そう言って電話をかけ始めた先生は、今までの柔和な顔つきとは別人のよう。そして受話器を置くなり、「今から書く紹介状を持って大学病院に行って下さい。救急車に乗りますか? それとも自家用車ですぐ行けますか?」と。

 駆けつけた家族と車を走らせ、30キロメートル離れた別の市にある大学病院に到着したのは23時過ぎ。夜間受け付けを済ませ、非常灯だけがともる薄暗い廊下を抜け、案内された急患用の診察室。先ほどの電話で息子を引き受けて下さった主治医となるその先生から、「左耳急性乳突洞炎」という病名を聞かされました。エックス線検査と応急処置の後は、体力が低下している息子を休ませることに。翌朝のCTスキャンの結果、一刻を争うとの診断で、即手術となりました。当初2時間ほどと聞いていた手術開始から、3時間が過ぎ、4時間がたち、不安がピークに達した時、術後の説明があるとの連絡が。実は、検査で膿に見えた部分は肉芽で、乳突蜂巣にびっしりめり込み、盛り上がったそれは鼓膜をも圧迫して癒着寸前、聴力もない状態だったと。そして、肉芽は出来る範囲で取り除いたが、難聴が残るのは覚悟してほしいと。安堵と絶望が入り混じった瞬間でした。

 退院後も通院の日々が続き、丸1年がたとうという3月末日、治療は終了となりました。幸運にも完治というかたちで。その日、最後の診察となった息子に、「もう会えないね。でもね、私とは会わない方が良いことだから」と先生。お医者様の志の高さを感じる言葉でした。折も折、その主治医の先生は、4月から県外の病院に異動されるのだと。1年間のありがたいご縁に、胸がいっぱいになりました。

 今でも、あの日の4人のお医者様による医療のリレーに、感謝しない日はありません。


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