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<入選>
「小さな天使になったわが息子」
安岡 好(31歳) 兵庫県宝塚市・主婦

 「さあ、育君。お風呂入ろうね!」

 平成12年11月20日夜、私たちの初めての赤ちゃんだった長男育が、先ほどまで必死に動かしていた小さな心臓を、静かに止めてしまった後、Y看護師に言っていただいた言葉だ。育は18トリソミーという難病で、さまざまな合併症を持ち、この世に誕生した。妊娠7か月での出産。732グラムという小さな小さな男の子。出生直後から口には呼吸のためのチューブ、手足には点滴、胸にはモニター。小さくて呼吸も安定せず、ちょっとした刺激でモニターのアラームは鳴り響く。もちろん、生まれてから沐浴などしたことない。沐浴なんて育にとったら命がけだった。息を引きとって、お口のチューブ、手足の点滴を、元看護師の私が抜いた。痛くないように、そっと。初めて見る育の素顔。なんてかわいいのだろう。いとおしい。さっぱりした育を沐浴して下さるという。お湯をいっぱいにはった浴槽にY看護師は、育をそっと入れて、生きている子と同じように声をかけながら入れてくれていた。育、初めてのお風呂だね。よかったね。気持ちいいね。育が亡くなったのは、いつも育をかわいがってくれ、そして、私たち家族にも声をいっぱいかけて下さっていたY看護師が準夜勤の時だった。この日この時間を選んで旅立ったようにも思えた。

 私はY看護師から本当にいつもパワーをもらっていた。NICU(新生児集中治療室)のスタッフと家族との連絡帳、いつもそれにはたくさんの書き込みをしていただき、私のいつ切れてもおかしくないピーンと張った糸を常に補強してくれていた。Y看護師をはじめ、その他のスタッフにも本当によくしていただいた。何げない医療者側からの声かけや連絡帳の記載は、私の知らない夜の育の様子などを教えてくれた。こんなことが本当に力になるのだということを実感した。私は元看護師だが当時は日々の業務に追われ、患者の病態は理解していたが、患者、そして家族の気持ちまで分かろうとしてしたか?力を与えていたか?頭が下がる思いだった。

 Y看護師は、私がチューブなどを抜いたりして、まだ温かい育を思う存分抱きしめ、キスをし、最期のお別れをしている時に、そっと席をはずし、ササッとガーゼで育の肌着を手縫いで作ってくれていた。育は身長30センチ。市販の新生児用の服でもブカブカ。だからといって、裸んぼうにタオルを巻いてじゃかわいそうだと言ってくれた。沐浴がすみ、育にその肌着を着せた。いつも温度管理がしてある暖かな保育器の中だったので、肌着は着ていなかった育だったが、肌着とはいえ服を着た育は、ちょっと小さいだけで普通の赤ちゃんに見えた。

 いつこの日がきてもおかしくないと言われ続けていた。覚悟なんてできるわけがない。急変を聞いて駆け付けた亡くなる20時間前、私はずっと保育器の育に奇跡を祈っていた。頑張ってと。あきらめられなかった。亡くなる1時間ほど前にY看護師に、「育君を抱っこしてあげようか」と言われた。私はその言葉の意味が分かっていた。もう、その時に向かってカウントダウンが始まっているのだと。だから拒否した。私が抱っこすることは、育を保育器の中から出すということ。そんなことしたら育がしんどくなると思ったから。育には頑張って、奇跡を起こしてほしいから。でもどんどんモニターが乱れ、心拍が落ちる。そしてY看護師が再び、「抱っこしてあげよう」と言って下さった。もう育は十分頑張った。私が頑張ってと言い続けるから育は楽になれないのだと思い直した。私は無言でうなずき、育を抱っこさせてもらった。やっと言えた、「育、頑張ったね。もう、いいよ、楽になって。ありがとう。パパとママの子に生まれてきてくれてありがとう。ごめんね、元気に産んであげれなくて」。15分後、育は私の腕に抱かれ、パパにナデナデされながら旅立った。あの二度目の、「抱っこしてあげよう」というY看護師の声かけがなければ、育は保育器の中で一人ぼっちで亡くなっていただろう。そしたら、私はずっと後悔していたはずだ。患者、家族を思っての言葉のありがたさが、今、身に染みる。

 どんな病気でもいい、とにかく育ってほしいという私たち両親の気持ちを込めて名付けた育という名前。残念ながら、その願いは届かなかったが、43日間、小さな体で頑張り続けた育の顔は、安らかだった。子供を亡くすという経験は筆舌にしにくいものである。4年たった今も完全には乗り越えてはいない。この原稿を書きながらも涙が出てくる。けれども、あのNICUスタッフとのかかわり、沐浴や肌着の気遣い、あのさまざまな声かけがなければ、私は今の状態まで立ち直っていないのは確かだ。育のおかげで元看護師として看護とは何かをも学ばせてもらった。いつか復職して生かしたいと思う。最後に、この病院に搬送され、そしてこのNICUで育をみとれてよかったと思う毎日である。ありがとうございました。


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