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<優秀賞>
「おうしん」
河本 直樹(9歳) 大阪府大阪市・小学三年生

 ぼくのお父さんとお母さんは、お医者さんだ。二人とも、しんさつが終わった後に、「おうしんに行かなくっちゃ」と、よく言っている。小さい時からぼくは、(おうしんって、一体、どこなんだろう。行って何をするんだろう)と思っていた。

 夏休みの朝、おきてみたら、お母さんが、いそがしそうに出かける用意をしていた。でも、いつもとちがって、ズボンをはいて、かみの毛をキュッと一つにむすんで、白いや、ちょうしん器を、カバンに入れていた。「どこへ行くの?」と、ぼくが聞いたら、「おうしんに行ってくるわ」と言った。

 「おうしんって何?」と聞いてみたら、「体のぐ合が悪くてうごけない人たちは、病院に行くことができないから、出むいて、しんさつをしてあげることよ」と、教えてくれた。ぼくは、何だかきょう味がわいてきて思わず、「つれてって」と言ってしまった。けれども、お母さんが、オーケーをだすはずがないと思っていたら、「いいわよ。そのかわりに、お母さんの仕事を手伝ってね」と、いうことになった。

 行くと中の車の中で、お母さんが、いろんな話をしてくれた。今から行く所は、体の不自由なお年よりや、意味のとおらないことを話したり、したりする人が、七十人くらいすんでいる老人ホームという場所だということ。ほとんど全員のお年よりが車いすでしか動けないこと。ごはんも一人では食べられなくて、だれかに食べさせてもらっていること。おとななのに、オムツをしている人や、何を聞いても答えてくれない人もいること。

 やっと、老人ホームに着いた。お母さんは、白いを着たとたん、急に今までぼくが見たことのない顔つきになった。中に入っていくと、かんごしさんがでてきて、「今日は、助手さんつきですね」と、ぼくを見て言った。お母さんは、「遠りょなく、こきつかってね」と言いながら、お年よりのいらっしゃる部屋に入っていった。

 「こんにちは、静恵さん。今日は、外は暑くて大変ですよ。静恵さんは、ご気分はいかがですか。血圧をはかって、胸の音を聞いてみましょうね」と言いながら、しんさつしているお母さんを見ていたら、かんごしさんが、ぼくに、「静恵さんはね、五十才の時から、二十五年間、一度も起き上がったことがないのよ」と言ったので、思わず大声でさけびそうになったけど、がまんした。

 「先生は、いつも外のお天気や、虫の声や、花の様子を話しながら、しんさつしているのよ。返事は返ってこないけどね」と、教えてくれた。

 次の部屋には、車いすにすわって、笑っているおじいさんがいた。お母さんは、おじいさんの足元にしゃがみこんで、「じろうさん、今日は、足の親指のつめが、皮にくいこんでいる所をそうじしようね」と言うと、ぼくたちの方をむいて、「新聞紙と、段ボールばこと、ティッシュ持って来て。それから、消どくと、ニッパーつめ切りと、キズ薬とガーゼを出して」と、言いながら、テキパキとじゅんびを始めた。

 「じろうさん、ちょっといたいけどがまんしてね。すぐに、すむからね」
 「先生に、足のつめ切りまでしてもろうてすみません。自分ではできないし、かんごしさんもしにくいみたいで、先生に切ってもらうの楽しみにしてるんです。」と、いたいはずなのに、ニコニコして言った。

 こうやって全員のおうしんが終わった時、ぼくは思った。いつもスカートのお母さんがズボンをはいたのは、立ったりしゃがんだり体を曲げたりしないと、体の不自由なお年よりのしんさつがしにくいからなんだ。お母さんがお年よりの部屋に入ると、ねたっきりで、自分が何才かわからないお年よりも、ニコっと笑ってる気がした。ぼくも、ずうっとカルテをとったり、お年よりの車いすを動かしたり、服をもったりして、働いた。車いすのおじいさんが、ぼくにも小さな声で、「来てくれてありがとう」って言ってくれた。なんだかつかれがふっとんだ。みんながんばってるんだと思った。

 お年よりが、少しでも良い気分になるようにがんばるお母さん、そして、ありがとうとにっこり笑顔から、元気とパワーをもらうお母さん。お医者さんと、かん者さんって、病気だけでつながってるわけじゃないんだ。なんとなく、友情ににてる気がしたな。


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