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<佳作>
「はじめての手じゅつ」
渋谷 彩夏(9歳) 秋田県能代市・小学三年生

 「彩夏ちゃん、目がさめた?わかりますか」

 かんごしさんが最初に言いました。わたしは夏休みに秋田の大学病院で、心ぞうの手じゅつをしたのです。

 生まれた時から心ぞうに病気があり、ずっと病院の先生にみてもらっていたけれど、去年までできていたマラソンができなくなったり、ちょっと走ってもつかれて、みんなと同じ運動が大へんになってしまいました。

 わたしが自分の病気のことを知ったのは、小学校に入学する時でした。

 お母さんが、「学校の先生に病気のことで話をして、おねがいすることがあるからね」と言って、わたしにも話してくれました。それまでは、「かぜひいてないのに、おなかもいたくないのに、どうしてお医者さんに行くのかな」と思っていました。

 病気の名前は、「心房中かく欠そん症」です。

 むずかしくてよく分からなかったけれど、お姉ちゃんにもお兄ちゃんにも友だちにもない病気が、わたしの心ぞうにあるんだと思いました。

 プールで泳ぐのも、ドッジボールも、一りん車も、友だちと同じようにできていたのに、三年生になって、運動会のマラソンは走れませんでした。

 元気をとりもどすのにかなり時間がかかるからです。H先生とお父さん、お母さんが相だんして、手じゅつをすることに決めました。「少しでも元気なうちに手じゅつをしよう。早く元気になれるようにね」と言われた時は、こわくてお母さんにだきついて泣いていました。だけど、「手じゅつをすると、元気になれるんだよ」と、H先生が言っていました。

 入院する日が来て、お父さん、お母さんといっしょに、ドキドキしながら病院のエレベーターにのりました。こわくないように、大すきなプーさんのぬいぐるみをもっていきました。

 先生やかんごしさんは、ニコニコしながら、「あやかちゃん、これからいっしょにがんばろうね」と言ってくれました。

 わたしのこわい気もちはどこかにとんでいって、「がんばらなくっちゃ。」と思いました。

 手じゅつの日まで、いろんなことをしました。ICUという特別の部屋の見学もしました。手じゅつしてから入る広い部屋で、昼も夜も、つきっきりでがんごをしてくれます。わたしが見た時は、小さな赤ちゃんがいました。ここのかんごしさんも、「よろしくね。がんばろうね」と声をかけてくれました。

 わたしも、「よろしくおねがいします」と言いました。

 ここのベットにねている人たちは、さんそマスクをつけていたり、いろんなきかいの線や点てきが、体にたくさんついていました。わたしは今までこんなようすを見ることがなかったので、びっくりしました。自分もこのベットにねることを考えていました。

 「手じゅつは、あやかがねむっているうちに終わるから大じょうぶ」と言うお母さんに手をふって、先生と手じゅつ室に入りました。

 目がさめたのは次の日の朝で、本当にねむっているうちに終わっていました。

 お母さんが、「がんばったね。よくがんばったね」と何度も言いながら、ずっと手をなでてくれました。

 毎日、きずのしょうどくをしてくれる先生や、しんさつをしてくれる先生は、「具合はどうですか」と、いつも聞いてくれました。

 わたしは、毎日かんごしさんにかみをあらってもらうのが楽しみでした。お母さんは、心配なことがあると、先生にしつ問していました。先生は、長い時間せつ明をしてくれました。ちょうしの悪い時は、何回も様子を見にきてくれました。先生もかんごしさんも、いつもていねいにやさしくしてくれました。

 こわいと思っていた入院が、たくさんの先生やかんごしさんのおかげで、がんばることができました。

 今はまだ、運動はできないけれど、ごはんはいっぱい食べられるようになりました。早くみんなといっしょに体育がやりたいです。

 わたしの病気をなおしてくれた先生、がんごしさん、「ありがとう」。


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