日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  

<佳作>
「きびしさはやさしさ」
木村 陽歩(10歳) 兵庫県加古川市・小学四年生

 わたしは、ようち園の時、心ぞうの手じゅつをしました。

 生まれた時から心ぞうのかべにあながあいていたので、そのあなをうめる手じゅつです。赤ちゃんの時から、ずっと病院に月に一度は行って、心電図やレントゲンのエコーというけんさをしていたそうです。

 お父さんやお母さんから、赤ちゃんの時は、動くのでけんさがしにくくて、大変だったと聞きました。そんな時でも、かんごしさんやお医者さんたちは、人形であやしてくれたり、とても親切にしてくれたそうで、お母さんもありがたかったと話していました。

 病院にいる人たちは、みんなやさしい人ばかりだと、わたしも小さい時から思っていました。

 でも、すごくこわい人が一人いました。その人は、心ぞうを手じゅつした、岡山県内尾にある病院の、ふ長さんでした。その理由は、わたしが手じゅつをして次の日の夜、集中ちりょう室から病室へ帰って来た、次の日の朝のことです。

 わたしは、首にさしてある点てきのはりがいたくて、首をうごかせませんでした。ずっとねたきりで、ごはんもお母さんに食べさせてもらっていたのです。

 なのにいきなり、ふ長さんが病室に入って来て、「まだねとるの、はよパジャマ一人で着がえなさい」と言いました。

 わたしは、「首がいたい」と、うったえましたが、「そうしてずっとねとったら、いつまでたってもおうちに帰れんよ。内尾の子どもになるんじゃね」「内尾の子になるんじゃったら、ねときなさい」「早くおうちに帰りたいなら、立って着がえなさい」「どっちなん」とこわい顔で、言われました。

 わたしは、とっても心配になりました。「このままでは、内尾の子どもにならなければいけなくなってしまう。それはイヤだ。早くおうちに帰りたいのに」とあせりました。

 内尾の子どもにはなりたくないので、お母さんとかんごしさんに助けてもらって、一生けん命立ちました。そしてパジャマをぬいで、新しいパジャマに着がえました。体がふらふらして、あせびっしょりになりました。これで内尾の子にならなくてすむ、おうちに帰れると、ほっとしました。お母さんは、「今でもあの時のあぶらあせをいっぱい流してた陽歩のすがたがわすれられない」と言います。

 わたしが着がえたら、ふ長さんは、「よぉがんばったね。これでおうちに帰れるね」とやさしい顔で言ってくれました。

 次の日は、歩いてレントゲン室へ行くよう、ふ長さんに言われました。わたしは、首のいたみにたえ、ひさしぶりに歩いたので、一人では歩けず、お父さんとお母さんにささえてもらいながら、必死にレントゲン室まで行って帰ってきました。

 そして、すっかり元気になった私は、手じゅつをして一週間で、たい院することができました。

 あの時はまだ小さかったので、ふ長さんがとてもこわい人だと思っていましたが、少し成長した今は、わたしを一日でも早く回ふくさせるために言ってくれた、やさしさだったんだなぁと思えるようになりました。あのままいたさをがまんできずに、ずっとねたままでいたら、もっと長く入院していなければならなかったと思います。

 病院ではたらいている人は、みんながやさしい人だと思っていましたが、やさしいだけではいけないんだ。時には、かん者さんのことを考えて、しかることも必要なんだ。それが本当のやさしさや思いやりなんだと、思えるようになりました。

 きっと、しかってくれたふ長さんも、つらかったと思います。きびしいやさしさを、ありがとうございました。


BACK >>>

  日本医師会ホームページ
http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.