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一般の部
<日本医師会賞>

「言葉の『特効薬』」
阿部 昌彦(72歳)新潟県村上市・専門学校非常勤講師


 「先生、もうスイッチ・オフですね」

 弱々しい声である。九十歳を過ぎた母は、脳梗塞で倒れて十年にもなるが、ユーモアを好んだ。
 一見、楽天家のようだが、実は小心者で神経は細かい明治生まれの女である。
 「ん、いやいや、脈もしっかりしている。まだまだ、充電されています」

 この日、母は早朝から具合が思わしくなくて、いつものように往診を依頼したのだ。
 主治医の先生は外来の途切れた時に、古びた自転車に乗り、訪れて下さった。
 先生は病人の性格をちゃんと知り尽くしている。二十年来の患者である母に向けられる言葉は、自然に有効な働きを発して、何度となく救われてきたのである。

 一昨年の夏にもこんなことがあった。急に脂汗のようなものが顔に浮いて、肩で呼吸するようになった母の様子に驚いて、慌てて先生に電話をする。症状を伝え、
 「救急車を呼びましょうか」
 「いや、僕が行くまで待って。救急車のサイレンのおかげで、余計に不安になり、心理的に参ってしまうと大変だから」
 すっかり気弱な母の性格をわきまえての指示であった。間もなくいつものように自転車が止まった。
 「どれ、どれ、胸を開いて下さい」
 しばらく診察が続いて、「阿部さん、この注射、とてもよく効くから打ちますよ。暑さで心臓が少し疲れてしまったんです。夕方に自然の風を少し入れてもらいなさい。クーラーは『弱』でね。大丈夫だから、安心しなさい」と、ゆっくり伝える。
 母の表情に微笑が浮かんでくる。

 医者の言葉は、特効薬である。先生は病人の前で、あえて普段の声で症状の説明を家族にもする。
 「心臓が少し弱りましたが、注射で回復します。胃腸が疲れています。若干貧血がありますね。あまり無理に食べさせないで、スープでも作ってあげて下さいよ。この暑さだもの、若い人だって参っていますよ」
 この最後の一言が「特効薬」なのだ。母は翌日には顔色が蘇っていた。

 先生は、家族を別室に呼んで病状を説明するということはされなかった。危惧される場合は、戻られてから電話で伝えられた。

 母は昨年九十五歳で天寿を全うしたが、その直前にも、「心臓への負担を考えると、点滴は無理ですよ。それに静脈も細くなりすぎている。しばらくは今の治療でいきましょう」と、話されてきた。

 入院も考えたが、寂しがり屋の母には、それは逆効果に思われた。気落ちしての急変が怖かった。先生に相談をした。
 「それは、ご家族の判断だが、その前に本人を納得させなければいけないでしょう。どうも至難の業のように思えます。ご苦労でもこれまでつくされてきたのだから、ご自宅でいかがですか」
 このご意見に異論はなかった。
 訪問介護の方、デイサービスの若い人々の支援もあったが、妻の介護は十一年に及んでいて、いささか体調を崩していたが、入院を取りやめる決断を下した。

 母の最期は、あっけなく訪れた。三十分前まで私の会話に応じていたのである。

 ただ、虫の知らせともいうべきか、その日同窓会の仕事を二時間程早く切り上げて帰宅していたのであった。

 先生も大急ぎで駆けつけて下さったが、臨終の時刻を告げて下さるにとどまってしまった。

 母の死は突然であったが、顧みて、医師の「言葉」、患者である母を熟知されての「言葉の特効薬」によって、「延命」がなされてきたと言える。
 「ああ、顔色はいい、大丈夫ですよ」
 「心配ないですよ、脳梗塞でも、こんなに握る力があるもの」
 「阿部さん、いい短歌作っていますね、しっかりしてるわ」
 こんな「特効薬」が感謝の念とともに思い出されてくる。

 平凡なようで、患者の性格、心の動きを診ることの大切さを傍らで痛切に感じたのであった。


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