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一般の部
<アフラック介護賞>

「同行二人」
蔵座 輝彦(62歳)京都府京都市・会社員


 ソバを食べていたら母がじっと見ている。「今ソバ食べてんの」と言ってフト思い付いた。早速食べてたソバを四、五本とって裏ごしし、つゆで溶かし、母に食べさせた。(さあ 食べられるかな)と思いながら恐る恐るスプーンで母の口に入れる。モグモグしていたがゴクッとのみ込んだ。食べた!「おいしい?」。母は私を見ているだけだったが、私は何度も口に運んで小皿は空になった。「よかったネ、母さん食べられたネ。母さんの好きなソバだよー」。私は嬉しかった。母が食べてくれた事が本当に嬉しかった。

 母が倒れたのは平成五年七月、出かけて帰ったら台所で倒れていた。目を剥いて体は痙攣していた。脳梗塞だった。一命はとり留めたが、身一つ動かず、口も利けず、植物状態になってしまった。ショックだった。

 私の仕事は営業で近畿一円を走り回っていて、一人身でもあったので母は一人家に放ったらかしの状態だった。私は北京生まれで、終戦直後、母は乳飲み子の私を連れて命からがら引き揚げてきて、残留孤児にもならず、郷里の熊本で一生懸命育ててくれた。そんな母に私は何もしてやれなかった。賑やかな家族を望んでいたのに孫の顔一つ見せてやれなかった。そう思うと悔んでも悔みきれず、ただ申し訳ない気持ちで堪らなかった。

 母は幸いにも安定してきて五か月がたち、退院することにしたが、家で胃管装着は危険ということで胃ろう(※)するという。今さら傷つけるのはかわいそうだと断り、胃管装着を一週間かけて習い、退院した。

 家では朝と夕、鼻から注入してそれが食事の全てだった。夕方終わると胃管は取りはずした。それが母もスッキリしていいだろうと思い、毎朝また胃管をつけた。飲食は誤嚥するからと禁止されていたが、口が乾いたりするとつい飲ませた。口内を拭くと母はよく私の指をしゃぶったり、唾液もしっかり飲み込んでいたので、舌を刺激したりして、いわゆる訓練をしていた。「必ず食べられるようになるからな」

 母がソバを食べてから私は介護食の本を何冊も買ってきて研究した。しかし母は普通の介護食は食べられなかった。形のあるものはダメで、口の中ですぐ溶ける物でないと食べられない。それはほとんど本には載ってなく、私は試行錯誤で自分で考えた。たまに詰まらせ、真っ赤になって咳き込んだりしたが、咳き込むという事は口内の神経も筋力も正常な証拠だと思って、無理はしなかったが食べさせる事はやめなかった。そして退院して二か月目、母はしっかり食べられるようになった。注入は朝だけしていたが、やがてそれもやめ、完全に口から飲み物も食事もとれるようになった。

 この事は主治医には黙っていたがその内わかり、病院で検査して誤嚥している様子もなく主治医は驚いていた。それ以降、言語療法士が食べられるようになった経緯をききに来たり、看護師がレシピをききに来たり、またある会合で発表するからと、作った食事や母の様子を写真に撮ったりと、しばらくは噂になった。

 食べられるようになった母は変わった。顔色がよくなり、口を動かす事で脳を刺激したとかで、目や首が動き、左の手足も自分で動かせるようになり、座れるようになった。

 訪問看護のシステムが出来たという事で、毎週二回看護師が来てくれるようになり、週一回風呂にはいれるようになった。ビニール製の風呂にお湯を満たし、母を入れる。看護師と私で全身を洗う。母はされるまま、浮力で揺れながらキョロキョロしている。「気持ちいいかい、今風呂にはいってんのよ」と話しかける。「肌がつやつやしてる、九十歳とは思えないネ、私よりピチピチよ」と看護師がいう。まんざら世辞でもないと私も思う。食べるようになって確かに肌に張りがでてきた。顔を拭くと子供のようにプーとそれを避ける。そんなしぐさが、我が母ながら本当にかわいいと思う。

 昼一、二時間母は座イスに座る。その間に私は敷布団やシーツを交換し、ある時は肩を揉んだり足の爪を切ったり、いろいろ話しかけながら、わかろうがわかるまいが普通の人のように話しかける。言葉は出ないが確かに座イスに座っている母は普通の人とかわらない。私はそんな姿を見るのがうれしく、そして私の心は安らいだ。

 私は十二年間、一日も母を手離さなかった。元気な時何もしてやれなかったんだから、せめて今自分の事は全て捨てて一生懸命介護する。その気持ちだけだった。しかしそれは決して苦痛ではなく、むしろ私には喜びだった。

 母は今年三月亡くなった。九十九歳だった。よくぞ倒れて十二年間も生きてくれた。その間、本当に母と二人、一生懸命いっしょに生きた。幸せな時間だったと今つくづく思う。私はいろいろな事を無言の母から教わった。これから私の再スタートがはじまる。

※直接胃(食道)に栄養を投与するために穴を腹部にあける処置のこと


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