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一般の部
<入選>

「五羽の折り鶴とかごの中の折り鶴」
中村 昭二(42)東京都練馬区・自営業


 今回お話をさせていただく方は、母が通院の際出会った一人の女性の看護師さんです。

 約二年三か月の間、母は毎週通院をしていましたが、一年余り過ぎた頃からその看護師さんが外来の担当になられました。初めのうちは「おはようございます」「さようなら」「今日も忙しそうね」といったありふれた言葉を交わしていましたが、慣れてくると母も「あなたが居てくれると嬉しいわ」等と言い、「あら、そんなふうに言ってくれてありがとうね」といった言葉のやり取りをする様になりました。たまにその看護師さんが休みの時、母は「どこか他の科に移ったのかしらね」と心配する事もありましたが、次の週顔を見ると「あら良かった」と安心していました。

 その様な母の通院生活が約二年過ぎた頃から容体が思わしくなくなり始め、車イスでの通院になりました。その時から診察が終わると「はい、今日も頑張ったからごほうびね」と綺麗な模様の入った紙で折った折り鶴を下さる様になりました。何気ない事かもしれませんが、「ありがとう」と言いその折り鶴を手に取った時の母はお土産をもらった子供の様に嬉しそうでしたし、いろいろな不安を抱えた私達家族にとっても安らぎでした。もちろん言うまでも無く、診療中も今まで通り親切で、「ゆっくりね、痛くない」と母を抱き抱え、車イスから診察台へそっと移動させたり、「はい、診察終わったね、帰れるね」と靴を履かせほほ笑んでいました。そして、自宅に帰り、その折り鶴を枕元の壁に貼ることにしました。それを見てこれからもこの折り鶴がずっと増えていくことを願いました。なぜならこの折り鶴が増え続けている限り、自宅からの通院が続けられると思っていたからです。

 次の週、診察の順番を待っている間「今日も折り鶴もらえるかな」等と話していました。そして、いつもの様にほほ笑み、会話を交わしながらの中、診察が終わると車イスを廊下まで押して「はい、今日も良く出来ました」とまた違った模様の折り鶴を手渡して下さり、「気を付けてね、また来週ね」と安らぎの一時も一緒に下さいました。母は「あら、今日ももらえて良かった。ありがとうね」そう言い、あまり力の入らない手でしっかり折り鶴をつかみ「帰ろう」と言いました。これで二羽目を貼る事が出来ました。

 容体はあまり変わらないまま三羽目、四羽目を同じ日に貼りました。なぜなら前の週は、いつにも増して忙しく診察が終わった時、ちょうど他の部屋で仕事をしていらしたからです。そして、次の週「はい、これは先週の分、こっちは今週の分、先週渡せなかったからね」そう言いながら二羽下さいました。「ありがとう、先週の分も一緒にもらえてありがとう」と折り鶴を手に持つ母の姿を見て私も「ありがとうございます、家に帰って貼るのが楽しみです」とお礼を言いながら「良かった今週もこの光景を見る事が出来て」そう思いました。

 「今日はどんな模様かな」等と期待をしていましたが、その日も忙しくなり診察室を出る時は会えませんでした。精算をするため受付の待合室に居ると「はいどうぞ、忙しかったからごめんね」とわざわざ持って来て下さったのです。「忙しいのにいつもありがとうね」と母が言い折り鶴は五羽まで増えました。「まだまだ増えます様に」

 残念ながらこれ以上は増えませんでした。次の外来の診察を前にして、入院をしなければならなくなってしまいました。その時点での先生の説明の内容は、ここには書きたくない状態でした。それから、家族が一日中病室で一緒に過ごす日々が続きましたが、まったく苦にはなりませんでした。ただし、悲しみだけは別です。その様な日々の中、あの看護師さんが、病室へ来て下さいました。沢山の綺麗な折り鶴の入ったかごを手に持って。「こんにちは、おばあちゃんが喜んでくれるよって言ったら娘も一緒に折ったの、娘も折り鶴折ったりするの好きだから」と母に渡して下さいました。「ありがとうね、あなたも優しいからあなたの家族の方たちも優しいのね、お礼言っておいてね」酸素マスクをした母が小さい声で答えました。「頑張ってるね、今までもずっと頑張って来たものね、家族のためにもね」看護師さんの優しい口調の言葉。「本当にいつもありがとうございます」私達の言葉。少ない会話の中に、沢山の事を思い浮かべました。そして、母の枕元にかごの中の折り鶴を置きました。

 通院の時、入院の時、先生や他の看護師さん方にも大変お世話になった事は言うまでもありません。その中でも、悲しい現実を受け入れなければならなくなった私達家族に与えて下さったあの「五羽の折り鶴とかごの中の折り鶴」の温もりを忘れません。

 「ありがとう」


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