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一般の部
<入選>

「アレルギーで得たもの」
和田美幸(27)岡山県倉敷市・主婦


 私には、一生忘れる事のないすてきな入院生活があります。それは私を母親として、大きく成長させてくれました。

 23歳で息子を授かり、頭に描くものは楽しい子育てばかり。周りの人のように笑顔で家族3人暮らす姿、それが、普通だと思っていました。

 息子が生後1か月の頃、ひどい乳児湿疹で病院通いの日々。薬を毎日塗る生活。それでもまったく知らない人から、

 「うわ、汚いね。気持ち悪い……」

と、人とは思えない言葉を浴びせられ、疲れていた私は、息子を第三者的にみてしまい愛情を持てなくなってしまいました。追いうちをかけるように、離乳食を始めた頃から湿疹だけでなく、ゼイゼイと呼吸したり下痢が続いたりと頭が混乱するような日々になりました。血液検査などでアレルギーと診断を受けたと同時に、母乳をあげている私はアレルギーのもとになる食物を食べられなくなり、息子は完全除去法の他に、飲み薬を大量に摂取する事になりました。薬を飲ませる度に涙。離乳食の事を考える度に涙。私は現実の育児に疲れきっていました。

 ある時息子は風邪をひき、小児喘息の症状がでたので大きな病院へ行くことになりました。紹介状と今までの治療の経緯を書いたカルテなどを手に、小児科へ。

 「お母さん、除去なんだね。大変でしょう。若いのに頑張ってるんですね」

 先生の一言が、枯れた私の心を潤してくれました。涙が溢れてとまりません。私は思いきって除去法に納得していない事、息子への愛情が薄れている事を話しました。限界がきている私に、

 「入院して、一度ちゃんと調べてみませんか?」

 私は病院通いの日々と、検査の苦しさに苛立ちを感じていたので、

 「もう嫌です。疲れたんです」

 怒りながら訴えました。すると先生は笑顔で

 「大丈夫です。お母さんと息子さんのバカンスだと思って下さい。お母さんも休息した方がいいですよ。治療を兼ねたバカンス、バカンス」

 私は、心の中でいっぱいの怒りや悲しみでパンク寸前でしたが、休息というものを忘れていた事に気付きました。

 「よろしくお願いします」

 息子が9か月になったばかりの秋でした。

 入院生活に不安があった私ですが、本当に幸せな日々でした。ある看護師さんには、息子への愛でいっぱいになる事を教わりました。入浴後の息子に語りかけながら全身体に薬を塗ってくれる看護師さん。息子の笑顔をみて(こんなかわいい顔するんだ)と知りました。息子とオモチャで遊んだり、語りかけたり、抱きしめたりしていると、息子は応えてくれるように初めて「おすわり」をしてくれたのです。情けないけれど、この時に出産以来の「愛しさ」を感じました。看護師さんが、朝、昼、夕と問診に来る度、

 「2人共、いい笑顔ね」

 と声をかけてくれた事。それが毎日、心を温かくしてくれました。

 心も安定した頃、検査の結果により離乳食もいろいろトライすることになりました。先生のアドバイスで栄養士さんから、息子のためのレシピを沢山教えてもらいました。1日1時間くらい指導して頂き、私の質問にも全て答えてくれ、本当に感謝しています。何より私の中で、離乳食作りが楽しみになった事は、一番の変化でした。

 入院生活も、あっという間に過ぎていき退院前の主治医検診の時。すっかり喘息もよくなり、食べる事ができるようになった息子を見て、

 「よく太ったね。君も頑張ったけど、お母さんがもっと頑張ってくれたんだよ。よかったね」

 と言いました。息子への愛情を取り戻した私は、とても幸せな気持ちでいっぱいになりました。

 「お母さん、入院前と比べ随分顔が明るくなりましたね。お母さんの今まで頑張ってる姿をみていると、若いお母さんなのに立派だと思います。子供を傷つけない限り、母親失格なんてレッテルを自分につけないで下さい。そして治療方法は選択できる事を忘れないで下さい。でなきゃ、お母さんも息子さんも苦しくなるからね」

 先生の言葉を聞いてる時、私は感じました。息子の病気はもちろん、私の心も治してもらったんだ……と。

 私はこの入院生活で、とても前向きな子育てができる自信を得たように思います。今では息子も4歳。月に1度の通院で、アレルギー症状も軽くなり元気に暮らしています。先生、看護師さん、栄養士さんのおかげで母としての私が輝いています。ありがとう。


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