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一般の部
<入選>

「じゅうげたれ先生」
乗富洋子(50)福岡県久留米市・自営業


 親への依存心がとても強かった私が子育てで一番泣きたかった経験は、子供が病気をした時でした。病気の子供より母親の私が真っ青になり、パニック状態になって、病気で不安定になっている子供の気持ちを更に心細くさせていました。小児科の待合室で、看護師さんから「大丈夫ですか」と声をかけられる事も度々でした。

 風邪から中耳炎、そして抵抗力が低下している体に皮膚炎を繰り返す三歳の長男を抱いて二歳になったばかりの次女を歩かせての小児科への通院に、私は必死でした。しっかり外で遊ばせて、たくさん食べて健康な体を作る大事な時なのにと。

 「じゅうげたれ(この地方の方言で頑固という意味に使われる言葉)先生に診てもらったら」と知り合いに教えてもらって、私はいつものように長男と次女を連れてその先生の診察室を訪れました。長い時間待ってやっと診察室に入ると、ピーンと張り詰めた空気に、先生が厳しい人だと感じました。私は、緊張と長男の熱が下がらない事で頭がいっぱいでした。診察室では、子供の検査の結果を説明している先生とその母親のやりとりが聞こえました。先生から一応の説明が終わるとそのお母さんの、「保育園は休ませなくてもいいでしょう」との問いに先生の「子供の病気を治しに来たんじゃなかとね」と強い声が響きました。間を空けずに診察台に横たわっている長男と同い年位の女の子のそばで腰をかがめて、「〜ちゃん、ゆっくり寝てたら治るからね」と人が変わった様な優しい声で話しかけている様子がうかがえました。私はその時今までどきどきしていた気持ちと、こぼれんばかりの涙をこらえていた気持ちが、さーっと雲が一瞬に晴れるようにほっとした安心感にかわったのを感じました。一通りの検査の終了したあと診察室で先生から「気管支ぜんそくです」と告げられました。「熱の高いのは?」と尋ねるとその坊主頭の年配の先生は「薬で治すね、それとも安静にできるなら、薬は出さんよ」との言葉がかえってきました。私は「できるだけ薬は、避けたいのですが」と答えました。その先生は、あとで思うとほんの少し表情を柔らかくして「そんなら、この薬を今ここでたくさんの水で飲ませなさい。あとは、絶対安静を守る事。食事も布団の中でする事」。私が「目を離したらいけないんですね」と尋ねると「当たり前たい。母親がそばにいたら子供は安静にしとくもんたい」と先生は、最初の印象と違って優しい笑顔で説明してくれました。それから我が家では、熱を出すと布団の中でおかあさんを独り占めで、他の兄弟が食事の手伝いをする慣習ができました。それらの慣習は、小学校に上がると、病気で学校を休むと食事はおかゆでテレビは禁止、布団から出るのも禁止というルールにかわりました。病気したら自由がなくなるから、学校にいってたほうがいい、と言うようになりました。一人の小児科医との出会いが子供達に健康な生活の基本を教えてくれました。

 白衣を脱ぐと年配のおっちゃんにしかみえない「じゅうげたれ先生」を、医者としてではなく、一人の信頼できる人間として子供と一緒に診察室を訪れるようになっていました。

 医療とは、患者と医師のつながりに信頼関係があれば大きな効果があるものだと知りました。いつの間にか長男は、検査も診察室も嫌がらずに先にドアを開けるようになっていました。

 じゅうげたれ先生はクリスマスにはサンタクロースに扮して小児科病棟の入院病棟を廻ると聞きました。絵本のサンタクロースと違って随分小ぶりなサンタさんだと子供達は思うかな。そしてあのじゅうげたれ先生がサンタの紅い服をどんな思いで着るのかと私は嬉しく思っていました。


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