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小学生の部
<優秀賞>

「心に残る医療」体験記
山住奏音(9)大阪府東大阪市・小学三年生


 私の家族は、医者をしているお父さん、いつも元気なお母さん、小学3年生の私、1年生の弟、2才の妹、7か月の弟の6人家族です。4人兄弟は、たまにケンカもするけれど、とても仲良しで、家の中はいつもうるさいくらい、にぎやかです。お父さんはとってもいそがしくて夜しか家にいませんが、病気の人の命を助けたり、スウェーデンやアメリカの学会で発表しているお父さんが私のじまんで、私のゆめは、一しょうけんめい勉強して、お父さんのような医者になる事です。そうすればいつも大好きなお父さんのそばにいられるし、いっしょに学会に出て色々な事を学ぶ事ができるからです。お父さんはこんなにいそがしいですが、お母さんも、私たち兄弟のおべん当を作ったり、そうじをしたり、赤ちゃんのお世話をしたりと大変です。お母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげていると、2才の妹がやきもちをやくので、その時は、私が小さいお母さんになって、本を読んであげたり、おもちゃで遊んであげたりします。そんな時お母さんはいつも私に「かんちゃん、たすかるわ、ありがとう」と言ってくれます。4人も兄弟がいると、楽しくてにぎやかなのはいいけど、病気になると大変で一人がカゼをひくと順番にうつってしまいます。そうなるとお母さんは一番大変で、順番に熱を出した私たちのかん病をしてくれます。この前はみんながカゼをひいて、やっと全員治った後、とうとうお母さんが病気になってしまいました。お母さんは、両足が真っ赤にはれてとてもしんどそうでした。私はお母さんが病院に行っている間、心配で心ぞうがドキドキしました。私たちのカゼのせいでずっと夜あまりねてなかったから病気になったのかな? どこから悪い病気をうつされたのかな? とか色々考えたりしました。病院から帰ってきたお母さんは少し困った顔をしていました。医者に「薬をのんでください」と言われましたが、お母さんは赤ちゃんにおっぱいをあげるために、薬がのめなかったのです。私が「どうして薬がのめないの?」と聞くとお母さんは「病気のお母さんには薬でも、元気な赤ちゃんには毒なのよ」と言いました。私はとてもびっくりしました。病気を治す薬が赤ちゃんには毒なんて全ぜん知りませんでした。でもお母さんの両足はどんどんひどくなっていき、歩くのも大変になったので、お父さんと医者とお母さんは話しあってとうとう赤ちゃんのおっぱいをあきらめて薬をのむ事に決めました。私は赤ちゃんにはかわいそうだけど、お母さんに薬をのんでもらって早くいつもの元気なお母さんにもどってほしかったので少しほっとしました。薬をのんでからのお母さんは少しつよくなりましたが、赤ちゃんはおっぱいをほしがって夜もずっと泣いていました。おっぱいを泣きながらさがしてさがして、かわりに自分の指をすいながらつかれてねていくのをみて私も悲しくて泣きたい気持ちになりました。お母さんは2週間くらい薬をのまなければいけませんでした。でもやっと、赤ちゃんにおっぱいをあげられるようになった時にはお母さんのおっぱいはあまり出なくなっていて、赤ちゃんもそんなおっぱいをいやがってぜんぜんのんでくれませんでした。昔の人が助からなくて命をおとした病気でも、今は手じゅつや薬で良くなるように、しょう来私が大きくなってお父さんのような医者になれるころには、赤ちゃんにおっぱいをあげても安全ないい薬ができていればいいのになと、つよく思いました。

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