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小学生の部
<佳作>

「元気を沢山の人に」
倉坂知夏(9)神奈川県川崎市・小学三年生


 私は、一年生の秋に首の一番上のほねが他のほねからずれてしまう、あだっきゅう≠ニいうケガをしました。それを治すためにけん引をして、まっすぐになりました。しかし、二年生になり、またはずれそうになりました。このままでいると、せきずいがきずつき、手足のマヒになるので、早めに手じゅつをした方が良いと二年生の夏にお医者様に言われ、秋に手じゅつをする事になりました。

 私は、手じゅつをすると聞いて、とてもこわくなりました。それは、手じゅつをして下さる事になっていたお医者様のお話を聞いた時に、必ずしも成功するとは、かぎらないと言われたからです。私は、

 (歩けなくなったら、ピアノがひけなくなったら、ごはんが一人で食べられなくなったら、どうしよう)
と、色々な思いが頭をかけめぐりました。また、手じゅつをすると、長い間入院しなければいけないので、二学期に学校へ行けなくなるのもいやでした。そして、二学期には運動会や音楽会などの、楽しい行事が沢山あります。長い間学校に行かなかったら、クラスのみんなが私の事をわすれてしまうのではないかと不安にもなりました。また、元気になって学校に行ける様になっても、元の様にお友だちとお話が出来るか心配にもなりました。

 でもお父さんもお母さんも手じゅつをして下さる事になっていたお医者様も、みんな手じゅつはするべきだと言いました。私が不安な気持ちでいっぱいでいる時に、主治医のT先生がひとばん中、私の話を聞いて下さり、「知夏ちゃんは子供だけど、自分の体の事だから、自分で決めていいんだよ。知夏ちゃんがいいっていうまで手じゅつはしないから」
と言って下さいました。自分で決めていいんだよ≠ニ言われた時、私はとてもうれしくなりました。それからも、沢山なやみ、お父さんやお母さんとも話し合って、私は手じゅつを受ける事にしました。もう一度、元気に学校へ行き、色々な事がしたいと思ったからです。

 私の手じゅつは、無事に成功しました。その後しばらくは、ベッドにねたきりの生活をしました。手じゅつの後、食事をしたりする事も、起き上がったりする事も、少しずつ出来る様になりました。そんなささいな事でも、一つ一つが私には、とてもうれしく感じられました。ねたきりの時は、あまり病とうの人たちとも話すき会がなく、遊ぶ事やお勉強する事も出来ませんでした。ただ一つ、本を読む事しかベッドの上で出来なかった私は、よく

 (つまらないなぁ)
と思っていました。

 そんな時、クラスのみんなが手紙で今の学校の様子を知らせてくれました。私は、その手紙を、くり返し何度も何度も読みました。
手紙には、

 「ちっちがんばって!!」
などと、みんなからのおうえんの言葉が沢山書いてありました。私は、その様なおうえんに、心の中で、

 「がんばってるよ」
と答えました。また、私は、読み返しているうちに、クラスの様子が想ぞう出来て、まるで私も毎日学校へ行っている様な気持ちになりました。そして、

 (うらやましいなぁ。私も早く学校に行きたい。元気になりたい)
と強く思う様になりました。

 私はやく三か月の入院を終え、十一月の下旬にたい院しました。しかし、まだ完全に治ったわけではなく、注意をしなければいけない事も沢山ありました。それでも私が無事に学校に通えたのは、先生方がいつもそばにいて下さったり、お友だち、家族が助けてくれたおかげです。本当にありがとうございました。

 私は今、お友だちや家族など、沢山の人たちとふつうに生活が出来ます。大好きなピアノもひけるし、水泳にも通い始めました。そして、みんなといっしょにお勉強したり、遊んだりも出来るし、私は入院中出来なかった分、沢山楽しんでいます。入院中は沢山なやみ、いたい思いもしたけれど、手じゅつをしたからこそ今の生活が出来るのだし、本当に良かったと思います。そして、これからはもっと色々な事にちょうせんしていきたいです。

 入院中にみんなが私にくれた元気を今度は私がみんなに分けてあげるばんです。私の様に、ケガをして元気がなくなってしまった人や、つらい事が沢山あって、悲しんでいるお友だちに、健康だからこそ作れる私のえ顔をそえて、私の体にある沢山の元気を一人でも多くの人に分けてあげられればいいなぁと思います。

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