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一般の部
<厚生労働大臣賞>
「母を起こそう」
須藤 悦子(57歳)宮城県石巻市・主婦


 きっかり四時に、夕日のにおいをさせて父が病室に入ってくる。自転車をこいでくるので少し弾んだ呼吸が残っている。母は布団を少しはいでしわだらけの手を父に差し伸べる。父は両の手で包むように手をとってベッドのかたわらに腰を下ろす。私は売店に行ってくるとか電話をしてくるとか理由をつけて病室を出る。こんな繰り返しがもう三か月も続いてる。

 父九十三歳、もう何年も前からひざを痛め思うように歩けないから、ひざに力がかからない自転車が父の唯一の交通手段である。自宅から病院までは五分程度であるが、途中二つの横断歩道をわたり、繁雑な商店街を抜けてくる。事故を心配して車での送り迎えを申し出ても、雨の日以外は決して車に乗ろうとしない。そのかたくなさに誰もがあきれはてている。

 母八十三歳、二年前の春、茶の間で転んで腰椎を折った。老人の骨折は命取りになる、と聞いていたから、この骨折は少なからず家族にショックを与えた。しかし元来気丈な母は程なく退院し、すぐに身の回りくらいは自分でできるようになった。ところが半年もたたないうちに徐々に背中が丸くなり、つえに頼っても歩行が困難になった。一年後、再度骨折、更に余病を併発し、そしてこれが四度目の入院となった。

 私たち三人の兄妹は一週ずつのローテーションで、この度重なる看病を乗り越えてきた。親を亡くしてから後悔しても遅いものね、と看護師さんたちも好意的だ。

 今回の入院は、次々と形を変えてやってくる病状にさすがの母も苦痛に顔をゆがめ、点滴や何本もの管につながれ、会話すらおっくうな様子であった。父は毎日、黙って母の白い髪をなでていた。時折、

 「おれは、なあんにも、役にたたねえ・・・・」
 と、自分にとも母にともつかない言い方でつぶやきながら。

 一か月が過ぎたあたりから、痛みが少し和らぎ、食事も普通食を取れるようになると、自転車のカゴに紙袋を入れてやってくる父の小さな姿が、病室の窓から見えた。中身はキャラメルだったりミカンだったりするらしい。私はこのころから父と入れ替わりに病室を出るようになったから、紙くずかごに捨てられているもので父のささやかな土産を推測した。

 ある日私は、父の見舞いが終わる時間を待たずに、病室に戻った。半分開けたカーテンの向こうに、顔をくっつけるようにして何事か話し合っている二人が見えた。相変わらず母の手は父の両手に包まれているが、ベッドの中の母の顔は見えない。病室のもう一人の患者さんは静かな寝息をたてている。

 夕日の中に、父の穏やかな声が聞こえた。

 「ハヤク、ヨクナレ・・・・カエッテコイ・・・・ソシタラ・・・・シッカリダイテヤッカラナ・・・・」

 私の胸がズキンとうずいた。悟られないように部屋を後にし、それから慌ててロビーへ向かった。駆け足で中庭の芝生に出て白いベンチに腰を下ろしたところで汗がどっと噴き出した。動悸が止まらないのは中庭まで駆け続けたせいか、両親の寝室をのぞいてしまったような後ろめたさか。誰にも言えない秘密を聞いてしまったという思いの中で、足元の芝草を跳びはねるおんぶバッタを見ていた。

 父は昔の人だ。私たちの前で一度だって母に優しい言葉をかけたり、ねぎらったりなどしたことがない。厳格で働き者だった。しかし、今は太い指が、見舞っているほぼ一時間をずっと母の髪をなで手を握り、そしてささやいている。

 「ハヤク・・・・カエッテコイ・・・・ダイテヤッカラ」

 不器用な言葉だ。素直な父の言葉だ。それこそが母にとって一番大切なものであった。一日も欠かさず自転車で見舞いにやってくる父が、少しわかったような気がした。

 母の病状は決して良いとはいえない。しかし、もう一度、母を元気にして父のもとに返してやらなければならない。父に、冷たくなった母を抱かせることはできないのだ。

 この介護は、母のためでなく、自分のためでもなく、ただ、あの愛すべき父のためにあるのだという思いがこみあげた。

 母を起こそう。

 翌日から車いすに乗る訓練を看護師さんに願い出た。ベッドを起こし、怖がる母を抱きとめ車いすに乗せる。そろそろと病室から廊下へ、そしてエレベーターで外へ。

 秋の日差しをうけて
 「外の空気はおいしいねえ」
 と、このごろになってようやく母は笑顔を見せてくれるようになった。

 「明日は芝生に立ってみようか、おんぶバッタがいるよ」
 と、声をかけるが、まだその勇気はない。けれど、歩ける日はきっと来る、冬になる前に。

 「もうひと頑張りだよ、お母さん。あしたは、お父さんの自転車を病院の玄関で迎えてみようよ」

 お父さん、どんな顔して喜ぶかね。


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