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一般の部
<入選>
「しわくちゃ」
岡崎 厚子(32歳)埼玉県深谷市・主婦


 わたしは、統合失調症です。このおはなしは、わたしが三か月精神科病院に入院したときの、主治医と、担当看護師とのエピソードです。

 ある朝、わたしは一枚の何も書かれていない紙を、ぐしゃぐしゃに丸めました。そして、先生が来る外来の受付で、先生を待ちました。先生はわたしを見ると、にっこり笑って「おはよう。どうしたの?」と聞きました。わたしは、ただ手のひらのしわくちゃの紙を先生に見せました。「先生。これ、わたしのこころ」。「何か、書いてあるのかな? お手紙?」。わたしは、「何も書いてないよ」とだけしか、言えませんでした。涙ぐんだわたしを見ると、先生は、「診察が終わったら、すぐに病棟に行くから、待っていてくれる?」とおっしゃいました。

 午後、先生が病棟に訪れました。わたしは言いました。「先生、これね、平らな紙だったの。でもね、失敗して、責められて、追いたてられて、怒られて、怖くて怖くて、おびえて恐れて、そうしていつの間にかこんな小さく、委縮してしまったの。縮こまってしまったの」。先生は、悲しそうな顔をしました。そして言いました。「わかった。大丈夫だよ。先生が、もとに戻してあげるからね」。「でも先生。しわは残るじゃない。もとには戻らないよ。その残ったしわは、『障害』ですか? 『生きにくさ』ですか? 一生、もってゆくのですか?」。わたしは、悲痛な声で訴えました。すると先生は静かに言いました。「それは違うよ。先生はね、そのしわは『歴史』だと思う。こころに歴史がないひとよりは、いっぱいいっぱいしわのあるひとのほうが、先生はすきだよ。いつか、そのしわが、いとしく思える日が、あなたにも必ず来る。だから、もうすこしの辛抱だよ」。わたしは、わあっと泣き崩れました。「じゃあ先生、紙を広げるときは、そうっとね。破れないようにしてね。先生、わたしね、この紙を丸めたとき、少しだけちからを残したの。これ以上ぐしゃぐしゃにも、まっすぐにも、なるの。先生、治してね。たすけてね」。「わかったよ。その紙、大切にね。あなたのこころでしょう。たからものだ」

 そのあと、わたしの担当の看護師さんが、夜勤の合間に、わたしのためにプレゼントを作ってくれていました。朝起きると、看護師さんは「岡崎さんのこころと、『こころのおうち』もってきてくれる?」と言いました。わたしが走ってとってくると、看護師さんは両手に、なにかもっていました。「岡崎さんのこころが、寂しくならないように、独りぽっちにならないように、わたしのこころを、入れておくよ」。看護師さんは、たくさんのハート形の水色の紙を、わたしの『こころのおうち』に散りばめてくれました。「ありがとう……」。胸がいっぱいでした。わたしは愛されているのだ、と感じることができました。

 退院の前に、わたしは看護師さんと、しわくちゃの紙をゆっくりゆっくり、広げました。しわの残ったその紙は、大切に保管してあります。

 いま、わたしは埼玉から東京のその病院の外来に、二週間に一度通っています。わたしにとって日本一の先生と、すてきな看護師さんに巡りあえたこと、しかも、そのおふたりを担当にもったことは、わたしの最高の幸運です。実際わたしは、入院前より明らかに良くなっています。外来に向かうとき、わたしは、お忙しい先生に、病院前の坂道で野に咲く花を摘んでゆきます。診察のはじめとおわりに、先生は必ず、「お花、ありがとうね」と笑ってくれます。それと、私が書くつたない詩を、先生はいつも大切に、白衣の左ポケットにしまってくれます。「また、あなたのきれいな字で、先生に詩を書いてね」……それは、先生がわたしにくれる、至福のことばです。『ことばの魔法使い』。わたしは、先生とのこのエピソードをひとに語るとき、先生をこう呼びます。

 最後に、わたしが退院する前に書いた詩を、ここに記します。

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「よろこびきらきら」

風をきってはしる 病院のろうかを
トントンとかけあがる 病室への階段を
あははと笑う 病院のなかまと
テレビをみながら

ああ わたし とても元気になれた
むかしのわたし おもいだしてみる
それでも……
こんなに 生きるよろこび
かみしめていたかな

あの頃より もっとわたしは
おおいに生きてる 気がするよ

ふかいところで 愛を感じながら


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