日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  


一般の部
<入選>
「あの誓いを道標に」
川添 芳身(77歳)東京都東村山市・無職


 今日も一日を終え、妻は安らかな眠りに就く。それを見届ける私は、「どうにか・お陰さま」の安堵感と感謝の念を、静かに確かめる。まさに、ささやかな至福の一時である。

 妻が、アルツハイマー型認知症と付き合い始めて十年になる。

 民生委員の任期があと一か月を迎えたころ、記銘力の低下に加えて何回も同じ話を繰り返すようになる。最初は、普通の老人性物忘れのせいと思い、そのままにしていた。しかし、娘や妹に、「物忘れ、ひどくなったよ」と、言われたのを切っ掛けに、当時としては数少ない「物忘れ外来科」で受診することにした。

 記憶診断テストをはじめ、脳波・MRI・心理相談等の検査結果、「アルツハイマー型痴呆症」と診断された。まさか妻に限ってと自分の耳を疑う。一応の覚悟はしていたものの、一瞬目の前が真暗になり、血の気が引く。「まだ初期なので、適切な治療によりかなりの効果が得られます」との医師の説明に、ようやく落ち着きを取り戻し、一抹の希望を抱いたことを昨日のように思い出す。

 最初のころは、妻もさほど気落ちしたそぶりもなく普通に振る舞っていたので、物忘れをサポートするだけでこと足りていた。私も「明朗性健忘症」と勝手に決め込み、ひたすら医師の処方を信じて努力するようにしていた。

 しかし、時間は待ってくれない。日がたつにつれて、徐々にではあるが、妻の様子に変化が見え始めた。最も顕著な症状は、病気を他人に知られたくない、醜態を人目にさらしたくないとの思いから、極度に世間体のガードを固め、他人を避けるようになったことだ。

 そのため、電話や来客の対応から食料品の買い出しに至るまで、対外的な家事一切が妻の手から離れる結果を招いた。では、どうすれば良かったのか、いまだに適切な手立ては浮かんでこない。

 時間が味方してくれたのか、やがて、妻の外出アレルギーも下火となりホッとしていた矢先、また難渋する事態が待ち受ける。いわゆる「妄想」である。「私に何も言ってくれない」「全然聞いていないのに」など、二言目にはこのような言葉が飛び交い、表情も険しくなる。時には、疑いのまなざしで私をにらみ付け、「私を病人扱いにする」「もう一緒に暮らしたくない」と、言葉を荒立て、部屋に閉じこもることも見られるようになる。

 私は、思い違いや誤解を解くために、いちいち詳しく説明を試みるも、弁解と受けとられてなかなか理解してもらえない。

 このままでは、妻の精神的負担は増すばかりで、病気にも良くない。どうにかして、早くトンネルを抜け出そうと焦る。紆余曲折の末、考え付いたのは「発想の転換」である。妻の心の余裕を見届け、できるだけ具体的に話を進める。なお、妻の言い分にも十分耳を傾け、私の非を素直にわびることも付け加えた。

 そのほか、明るい雰囲気づくりを心掛けた。妻の生け花師範免許を思い出して、床の間や部屋に花を生けてもらうことにした。また、茶道の心得もあるので、来客だけでなく、日ごろでもお点前に預かるよう工夫した。

 初めは、あまり気乗りしない様子だったが、いざ再開してみると、昔のきねづかが目を覚まし、実に生き生きした所作が見られるようになる。こうして、妻の表情に明るさと安らぎが見え始め、介護する私にも幾分余裕が生まれ、落ち着きをとり戻すことができた。

 今までの介護生活を振り返ると、文字通り試行錯誤、一喜一憂の連続であった。たわいのないことでも、うまくいけば手を取り合って喜び、仮に失敗しても次の成功を信じて励まし合うプラス思考を大事にした。

 介護が私に学ばせてくれたことは、「先手開眼」であり「的確な予測」ということである。つまり、妻に残された可能な範囲と限界をあらかじめ十分視野に入れておくことに尽きる。そうすれば電車の乗りまちがい・スーパーレジのトラブル・やかんの空だきや鍋焦がし・排便の失敗など、ある程度は妨げて妻に余計な負担を掛けずに済んだはずである。

 認知症には、手先をまめに使うことや回想による悩刺激が良いので、簡単な編み物や縫い物・二人三脚の炊事・学徒勤労動員や小学校教師のころの思い出話・孫たちとの童話童謡なども試みてきた。いつも調子良くできるとは限らないが、妻の表情が生き生きすることは確かである。そのことが、癒やしの共有にもなっているように思う。

 私は、妻に介護させてもらうお陰で、感情の居場所づくり、連れ添い支え合う、人間の尊厳など、人間として大切なことを学んでいる。まさに、「災い転じて福」である。

 夜の十時。妻の感性と今日に感謝し、明日に祈りをささげる。気が付けば、妻にも介護されてきた自分である。ようやく金婚を迎えた私たちの旅は平たんではないが、「健やかなる時も、病める時も」の、あの誓いを道標に、介護の坂道をゆっくり歩き続けたいと願う。 


BACK >>>

  日本医師会ホームページ
http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.