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小学生の部
<最優秀賞>
「ぼくのたからもの」
河本 知樹(9歳)大阪市・小学3年


 ぼくのたからものは、ひょうしょうじょうです。せかい中で、たった一まいしかない、ひょうしょうじょうです。それは、ぼくの七才のたん生日にもらいました。

 ぼくは、赤ちゃんのときから、ぜんそくというびょう気をもっています。四才になってようちえんに行くようになっても、よくゴホゴホとせきがでました。ぼくは、うんどう場で、友だちと、サッカーをしたり、おにごっこをしたり、マットで、でんぐり返りをするのが大すきでした。でも、一生けんめいあそんでいると、すぐにむねがゼーゼーヒューヒューといいだして、すごくくるしくなりました。(なんで、ぼくだけこんなふうになるんだろう。ぼくが、わるい子だからかなあ。お母さんの言うこと、まもらないからかなあ)と考えたりしました。

 そんなとき、ぼくのおじいちゃんが、がんで、入いんしました。ぼくが、びょういんにお見まいに行くといつも、おじいちゃんは、自分が、がんでいたくてつらいはずなのに、「よう。今日も元気そうだな。しっかり、あそんできたか? おじいちゃんも元気いっぱいだぞ」と、言います。ぼくは、そのたびに、おじいちゃんは、ぼくがぜんそくだって知ってるくせに、びょう気だって知ってるのに、どうして元気そうだなって言うんだろう。自分も、ぜったいに元気じゃないはずなのに、元気いっぱいだってうそつくんだろうって思っていました。そんなおじいちゃんは、ぼくが小学校に入学するまえに、なくなりました。後から、お母さんに聞くまで知らなかったんだけど、なくなったおじいちゃんは、赤ちゃんのぼくをみながら、ずいぶん心ぱいしてくれたそうです。

 「知樹は、こんなに小さいうちから苦しいめをしてかわいそうだなあ。おじいちゃんがかわれるものならかわってあげたいよ。元気に小学校に行けるのかなあ」って。ぼくには、一回も、心ぱいしてるなんて言ってなかったのに、いつも元気か? しか言わなかったのに。なんでだろう。

 おじいちゃんの、おはかまいりがすんでから、おじいちゃんの入いんしていたびょういんに、お母さんと行ったとき、ぼくは、なぞがとけました。おじいちゃんが、入いん中、おせわになった先生方や、かんごしさん、ヘルパーさん、びょうとう中の人が、ぼくのこと、『ぜんそくだけど、元気な知樹くん』って、知ってたんだ。なぜかというと、おじいちゃんは、びょう室にまわってくる先生や、かんごしさんに、自分のびょう気のことじゃなくて、ぜんそくは、どうやったらなおるのか、どうしてやったらいいのかということを聞いていたそうです。そのときの先生が、子どものころのぜんそくは、大きくなると、だんだんましになってくること・ぜんそくと上手に友だちになれば、全ぜん、心ぱいいらないびょう気だということ・家族が、とくべつあつかいせずに、はげましてあげればいいということを、教えてくださったと、かんごしさんに聞きました。

 ぼくは、自分でかってに、(ぼくは、ぜんそくだから、元気じゃない)って思ってたけど、いつもおじいちゃんに、元気元気と言われるうちに、だんだん、(ぼくは、ぜんそくでも元気なんだ)と思うようになりました。それで、びょう気だから元気じゃないと思う心が、びょう気なんだと思いました。心は、びょう気に負けないぞと思いました。おじいちゃんを、みてくださった先生がぼくに、「知樹くん、『やまいは気から』って知ってるか? びょう気なんか、へっちゃらだ。負けるもんかって思ってる人には、びょう気がにげていくんだよ。おじいちゃんは、びょう気に負けなかったよ。さい後まで、いたいって言わなかったよ。知樹が、ぜんそくとたたかってるのに、自分が負けられんって。これは、おじいちゃんから、あずかった、ひょうしょうじょうだ。七才のおたん生日に、あけて読んでほしいって言ってらしたよ」と、つつを、わたしてくれました。

 たん生日に、あけてみました。

 「知樹くん、ぜん息に負けず、小学校入学おめでとう。そして七才、おめでとう。これからも、強いからだと、ねばりづよい心をもちつづけてください。おじいちゃんより」

 天国のおじいちゃん、そしておじいちゃんとぼくに勇気をくれた先生、ありがとうございました。ぼくは、これからもっともっと強くなります。そして、世の中のびょう気で苦しんでいる人たちのつらさがわかり、そして元気をあげられるお医者さんになりたいです。


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