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小学生の部
<優秀賞>
「お父さんの命を救った人たち」
前本 彩希(11歳)兵庫県明石市・小学5年


昨年の十一月十六日、夜中の十二時三十分、
「リリリーン」
電話が、とつ然なりました。

 JR三ノ宮駅からでした。最初に電話に出たお母さんは、何のことだか分かりませんでした。落ち着いて話を聞いていくと、お父さんが救急車で神戸災害医りょうセンターへ運ばれたという内容でした。お母さんとおばあちゃんは、眠っている私とお姉ちゃんを、家において急いで車に乗って、病院へ急ぎました。どこを、どう通っていったか分からないほど、ドキドキしながら必死に病院へ行ったそうです。

 病院についてもすぐにお父さんには会えませんでした。お父さんは、急性心筋こうそくで救急車の中で一時心ぞうが止まって、病院で、カテーテルの手術を受けていたからです。救急隊員の方が、救急車の中で電気ショックを与えて、心ぞうが動き始めたそうです。その後、一週間意識もなく、お父さんは集中治りょう室に入って治りょうを受けていました。私とお姉さんが、お父さんに会えたのは、入院して二週間ごの事でした。その間、お母さんは毎日病院に通いました。

 私たちは、お母さんの話を聞くだけだったので、お父さんが元気になっているのか心配でした。

 後になって、お母さんから、お父さんの病気やその時の容だいを聞きました。すると、その時は、とても重くて悪い状態だったそうです。心ぞうが停止して病院へ運ばれ、歩いて退院できるのは、四百人に一人だそうです。そう思うと、お父さんはよくがん張りました。そしてお医者さんは、すごい。神様みたいだと思いました。救急隊員の人たちや、かん護師さんたちは、とても優しい方たちでした。パパのことだけでなくて、お母さんや、私たち家族のことも心配してくれて優しい言葉をかけてくれました。

 テレビでしか見たことのない場面が自分の目の前で起こりました。見たことのない機械が、お父さんのまわりにたくさん置いてありました。高度医りょうの発達がなければ、お父さんの命は、きっと助かっていなかったと思います。お父さんの電車をすぐにおりた判断と救急隊のしょ置の早さ、医師たちの的確な治りょう、よいことが重なったことも、お父さんの命が助かった理由の一つでした。

 退院後お父さんは、お世話になった方に、お礼を言いに行きました。みなさん、お父さんのことをおぼえてくれていました。救急隊員の人たちは、
「元気な顔を見せてもらえることがなによりです」
 と言ってくれたそうです。

 JR三ノ宮駅の駅長さんは、
「あー!! 良くなられたんですよね。よかった」と喜んでくれました。

 私は、お父さんを助けてくれたたくさんの人たちに、「ありがとう!!」を言いました。命を助けることを仕事としている人たちの、心の強さと温かさでお父さんの命は、つなぎとめられました。

 お父さんは七月、半月後の検査も無事おわり、やっと元気に会社に通えるようになってきました。お父さんは、
「この命を大切にしないとなぁ」
 と言っています。今は、私たちの大切なお父さんが一緒にいられることが、とってもうれしいです。お父さんを助けてくださったたくさんの人たち、本当にありがとうございました。私はみなさんのことをずっと忘れません。


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