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小学生の部
<佳 作>
「大丈夫じゃあない」
相澤 叶梨(10歳)東京都国分寺市・小学5年


 私は、将来、人の心が分かる目医者になりたい。どうしてかというと、私のおばあちゃんが、目が悪くなり入院をした。とても不自由そうだった。テレビもよく見えないし、新聞だって読みづらいみたいだった。悲しくなった。その時、私は治してあげたいと思った。世界中の目が不自由な人を、幸せにしたい。

「大丈夫?」

 そう聞かれたら、うなずくしかない。本当は大丈夫なんかじゃない。

 T病院・1F・耳鼻科外来

 入院前日、私は必要な物をまとめた。サッカーの合宿とちがうのは、友達がいっしょじゃないことと、宿題をいっぱい持って行ったこと。

 入院一日目。

 かたにくいこむ重い荷物。セミが鳴いている。たくさんの人が、私のそばをすぎ、病院にすいこまれていく。受付をすませて、採血室へ向かう。採血は二回目だが、血を見ただけでこわい私が、いたくないなどと思うはずがない。こわい……いたい……こわい……。

 病室の案内。私の部屋は二人部屋だった。昼ごはんをすませ、耳鼻科外来に行った。カメラで鼻の中を見られた。私の手術は、鼻の中にできたポリープを取ること。

 気分てんかんに、母は赤ちゃんを見ようと言った。小さくて、かわいいけれど、あまり興味はわかなかった。それから、ますいの先生が説明をしにきた。PM九時、母は帰った。となりの子は、のどの手術をした子だ。その子の母は十一時ごろまでいた。私は、まだねむれず、トイレばかりに行っていた。静かな夜に救急車のサイレンがひびいた。

 入院二日目。手術の日。

 禁食のため点滴を入れた。先生は、これがこの手術で、一番いたいことだ言っていた。チューブを入れた後、これで一つクリアできたからよかったと思った。PM二時、手術開始。予定より一時間おくれた。全ますい、一、二、三……七まで数えた、もう後は分からない。気がついたら、四時だった。一度起きてトイレに行った。頭がフラフラしていた。5時に先生の検診。「十二時間たたないと、ますいが完全にぬけない」と言われた。母が帰って、またねむれない夜。看護師さんが、テレビでも見る? とさそってくれた。

 入院三日目。

 食事が食べられるようになった。採血三回目。今までの中で一番いたかった。ガーゼをぬきに、耳鼻科外来に行った。奥のガーゼをペンチみたいな物で引っぱりぬいた。ありえないほどいたかった。声がした。そう、その時だ。

「大丈夫?」

 そう聞かれたら、やっぱりうなずくしかない。大丈夫なんかじゃないのに。小児科の看護師さんたちは、やさしい。こんな聞き方はしない。みんな、私たちのように「いたみ」を知り、子供側に立って考えて言ってくれる。

 昼は、おかゆだった。食べる気がしなかった。サイレンの音、八回目。夕方、早めに点滴をして、チューブをぬいた。ちょーいたかった。いたみを忘れるかのようにねむった。何回目のサイレンだろうか。たぶん十二回目だ。PM九時。またもや、ねむれない夜。看護師さんたちとしゃべった。とても楽しかった。なぜか、しゃべった後はぐっすりとねむれた。

「つるってどう折るんだっけ?」

 病気とは、関係のない質問にも、きちんと答えてくれた。なぞなぞをやったり、絵を描いたり、折り紙を折ったりした。

 学校で、私は保健委員をやっている。「大丈夫?」。自分が言われたらこまる言葉を、私はもしかしたら、言っていたかもしれない。

 入院四日目。退院の日。

 夜があんなに長いなんて知らなかった。いたいのが、どんなにつらく、こ独がどんなにさびしいかが分かった。

 私は、いたくない治りょうに挑戦したい。そして、やさしい看護師さんと、お医者さん。もっと色々な話をして、子供たちがさびしくないような病院を造りたいと思う。

 家でも、サイレンの音が遠くに聞こえた。


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