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一般の部
<アフラック賞>
「今ある新しい命、あなたがいたから」
吉冨 裕子(33歳)兵庫県神戸市・会社員


 まだ、夜も明けない早朝に私の携帯が鳴った。母からだった。声は明らかに動揺していた。「S子ちゃんが救急車で運ばれたの。脳梗塞だって!」

 S子は私の唯一人の妹である。彼女は結婚一周年を夫と祝ったあと、実家へ帰省していた。待望の赤ちゃんの出産を五ヶ月後に控えていた。そんな幸せな生活が一瞬にして悪夢に変わろうとしていた。

 前日、彼女は頭痛を訴えていたが、妊娠中のこともあり服薬を行わず我慢していたという。その夜、突然眩暈と頭痛、吐き気を訴え、視界を失った。不測の事態に弱い母はうろたえた。しかし、倒れた妹は視界を失った中で冷静に対処した。看護師である義母に連絡するよう母に指示をし、どの病院へ行けばよいか義母に指示を仰いだ。深夜にどうやって病院へ行けばよいか悩む母に叔父が電話で救急車を呼ぶように言った。妹はとにかく母子手帳を、と母に訴え救急車が来たら妊娠していることを伝えるように懇願した。彼女はなんとしても、赤ちゃんを守りたがった。

 救急車は来た。すぐに来た。しかし、搬送先の病院はなかなか決まらなかった。原因は検査や治療が制約される妊婦であったからだ。しかし救急車の救急救命士の方が「とりあえず行ってみましょう」と希望する病院へ搬送してくれた。

 幸運なことに、深夜であったにも関わらず搬送先の病院には脳神経外科、神経内科、内科、産婦人科の先生がすぐに集まってくださり治療方針の協議がなされた。おなかの赤ちゃんのためには、血栓を溶かす一般的な薬は使用できなかった。私たち家族は「何よりまず妹の命を助けて欲しい」、そう思った。しかし、このまま妹が助かって、あんなに楽しみにしていた「赤ちゃん」が死んでしまったら、妹はどんなに悲しむだろう、立ち直ることができるだろうか、私たち家族は想像するだけで胸が張り裂けそうになった。

 無理にでも病院へ搬送してくださった救急車の方々と、「こんなことは初めてで」と言いながら懸命に治療をしてくださった先生方のおかげで妹は一命をとりとめた。しかし、残念ながら左半分の視野を失い、回復の見込みはない、とのことだった。

 翌朝、朝一番の飛行機で妹の夫がとんできた。面接謝絶のところ無理を言って集中治療室で妹と面会し「もうその笑顔が見られないのかと思った」と泣いていた。妹もやっと安心したのか泣いていた。

 子を持つ母は強い、と本当に思う。末っ子で甘えん坊で時には我儘な妹がおなかの赤ちゃんを守るためなら何でもできるのだ。投薬ができないため、再度血栓ができ脳梗塞を起こすことを防ぐための注射を毎朝毎晩自分で太ももに打っていた。時には赤ちゃんが動いていないようだと不安になり、看護師さんを呼んでいたが、看護師さんはいつも優しく超音波をあて、赤ちゃんが動いている様子をみせて安心させてくれていた。

 しかし、左半分の視野はなく、おなかは大きくなる実に不自由な生活。すごそこにあるコップが見えていない。「お姉ちゃん、コップなかった?」。私はいかにも遠くにあったふりをしてコップをとってあげながら、このまま赤ちゃんが無事に生まれても、視野を半分失った危険な状態で子育てができるのか、どうやって生活をしていくのか不安でならなかった。妹には視野が回復しないと告げられていることはまだ知らされていなかった。

 病院のスタッフの方々が入院病棟に産婦人科を選び、新生児室の赤ちゃんの泣き声が聞こえる環境にしてくださったこともあり、妹は自らの出産を楽しみに治療に専念することができていた。次の心配は出産で力んだときに再度血管がつまらないかどうか、だった。

 あれから一年五ヶ月。先日妹の赤ちゃんが一歳の誕生日を迎え、盛大に誕生日会が開かれた。姪は障害もなく生まれ、何もなかったかのように笑顔をふりまいている。妹も障害者手帳の申請を検討していた視野が奇跡的に日常生活に支障のない程度に回復し、育児に専念している。今、彼女は「平凡な生活こそが幸せ」と言う。

 妹が救急車で搬送された後、妊婦をめぐる救急医療のあり方について論議がなされている。残念ながら命を落とされた方や、赤ちゃんをなくされた方もいた。妹の場合、発症したとき一人でなかったこと、救急救命士が迅速な判断をしてくださったこと、病院でいくつもの科のベテランの先生が協力して治療してくださったことと幸運が続いたと思わざるを得ない。携わってくださったすべての医療関係の皆さんに感謝するとともに、家族が健康で暮らせていることを当然と思わないよう、この出来事を胸に刻んでおこうと思う。そして最後に患者の救命と、患者の健康のために必死で働く医療従事者の方々が報われるよう医療環境が整備されることを願う。


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