日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  


一般の部
<入選>
「医師との出会い」
池田 三枝子(62歳)山形県米沢市・主婦


 T先生の訃報を受けたのは一九九六年六月十七日の朝でした。

 一九八〇年三月十四日、二女を福島市内の病院で出産。二十六週目体重八百六十グラムの極小未熟児でした。日に日に体重が減り続けていくため、三日後に専門の施設のある県立医大病院に転院となりました。退院した私はその足で娘に会うため転院先の病院に向かいました。

 何機かあった保育器の一機に小さな体にたくさんの管が絡み、目はガーゼで塞がれ、心電図や機材の音に囲まれた娘を見ると、あまりのショックに自分自身の気持ちの整理や判断ができず「早く産んでごめんね」と心の中で娘に謝るばかりでした。その時背後から「お母さんですね。担当医Tです」と。振り返ると眼光の鋭いがっちりしたT先生が立っていらっしゃいました。その時が私とT先生との最初の出会いでした。「この子は今生きるために必死に頑張っています。私達スタッフも全力で頑張りますので、ご両親もこの子のために協力してください」と力強く自信のある口調で私を励ましてくださいました。T先生なら必ず娘を大きく元気にしてくださると確信して保育器の中の娘に「頑張ろうね」と語りかけ、自分の気持ちが少し楽になったような気がしました。当時の病院はテレビに出るような専門の部屋があるわけではなく、普通の病室に保育器が何機かあり、色々な病気の赤ちゃんが保育器に入っていました。夜間は看護師が四、五人くらい、先生たちも交互に病院に泊まりこみ、いつ何が起きても対応できるように万全を尽くしてくださいました。「小さすぎる赤ちゃんには呼吸ができなくなる特有の障害、無呼吸の状態が何度も何度も襲ってくるので四週間くらい保育器から目を離す事ができないのですよ。でも、心配しないで。どんな時でも私と連絡ができ、私がこられるような体制になっていますからね」。患者はわが子だけではないのにスタッフの方も大変だろうと思いながらも、その一言一言が私だけではなく他の患者さんのご家族達にも心強く安心できる言葉だったと思います。

 娘の事が心配で朝早く病室に行くと、そこには必ず寝不足で目を真っ赤にしたT先生が保育器の娘に触れ、診察してスタッフに指示を出し「大丈夫ですよ。少しずつ体重も増えているし、今日は手足の動きがいいから」と安心させてくださる言葉を掛けてくださいました。小さく産んでしまった責任と後悔の気持ちをやわらげていただきました。

 ある日長女が熱を出し夜中でどこの病院も終わっている時、忙しいと分かっていながらT先生に電話をすると「すぐに連れておいで」と言われ診察していただきました。「お姉ちゃんの熱はご両親が二女の事ばかり考えて自分の事はかまってくれないと思う欲求不満から来ているものです。妹さんは私達スタッフに任せて二、三日お姉ちゃんと一緒にいてあげなさい」と言われ、新生児医療の専門医と聞いていたのですが、三歳児の心理状態までも分かるT先生に出会えた事を心から感謝しました。

 出産から四十六日目あたりのことですが、声を出して泣き、一週間後涙を流し、驚いたり、喜んでいる私に笑いながら「元気になってきましたよ」と喜んでいました。未熟児網膜症の光凝固法の治療も乗り越え、体重も毎日少しずつ増え九十五日目で保育器から出る事ができ百七日目に退院する事ができました。長いような短いような入院生活が終わり、週に一度の通院が二週間に一度、一ヶ月に一度とそんな月日が流れ、T先生からも眼科の先生からも「もう心配ないから大丈夫。何か心配な事ができたらいつでもいいからいらっしゃいね」と言われ、定期的に会えない寂しさや不安もありました。

 最後に先生にお会いしたのは娘が小学校に入る前、医大から市外の病院に移ったと聞き、成長した娘に一度先生に会ってもらいたくて先生を訪ねました。「大きくなったね。平均より少し小さいけど必ずみんなと同じになるからね」と言いながら大きな手で娘の頭を撫でてくださいました。あの眼光するどき目の奥の優しさを忘れる事ができません。

 T先生との出会いがなかったら、この子にもしものことが起きていたら、一生自分を責め続けていたのではないでしょうか。ドクターの言葉の一言がどれほど患者はもちろんの事、家族に安心を与え不安を少しでもやわらげてくれる事か。T先生は常に自信のある言葉で家族の辛い立場を分かって語りかけてくださいました。

 娘が退院する時、看護師さんが「どんな薬よりも子どもには両親のビタミン愛ですよ」と言ってくださった横でT先生が大きくうなずいていた事を今でも思い出します。T先生本当にありがとうございました。今でもこの言葉を天国のT先生に語りかけます。


BACK >>>

  日本医師会ホームページ
http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.