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一般の部
<入選>
「幸せと悲しみの融合」
岩崎 留実(32歳)東京都江東区・会社員


 日中はまだまだ猛暑が居座りながらも、さすがに朝夕は涼風がたちそめ、秋の気配が忍びよってきたこの頃、早くもあれから一年。大きく膨らんだお腹に、まだかまだかと声をかけ不安ながらも希望で溢れていた毎日の昨年九月末。

 夕方、いつもの近況伺いの主人からの電話。まだ生まれてくる気配のない様子を伝えようと電話を取るがいつもの主人の声では無い。何かあった。咄嵯の勘が、何かを感じた。何か私に言うのを躊踏している主人。余計気になるからと聞き出すと、「義母が倒れた」と。一瞬、時が止まった。しかし不思議と頭の中が一瞬真っ白になるとは、こういうことかと自問自答する冷静な自分もいた。とにかく、病院へ急いだ。

 母は脳梗塞で倒れ緊急手術へ、術後ICUにて母と面会。全く意識がない母の手を私のお腹にあてさせ、泣きながらこの子の力でお母さんをと神に祈った。この子をどうしても逢わせたい。抱かせてやりたい。なかなかすぐに子どもを授かる事が出来なかった我々にとって、内孫をそれはそれは楽しみにしていた。生きがいにしていたのだ。何故、今? と神に祈りながらも恨んだ。

 母が倒れて運ばれた病院は、たまたま私の出産予定の総合病院。大きなお腹を抱えて母の見舞いに行くと、ICUの方々は勿論みんな私の体調を何よりも気にしてくれた。院内の看護師さんの中でも有名になり、産科とICUと連絡を取り合ってくれて、万が一の場合の態勢も整えてくれていた。総合病院だから、まさかそこまでしてくれることに正直驚いた。病院側は私の今の状況を同情してくれているのか、それにしてもありがたい厚意であった。病院では、母の見舞いに行くと挨拶のように「まだ生まれないの?」と決まって声をかけられ、誰もがこの子の誕生を心待ちに。母が倒れて五日が経過して、母の容体はますます悪化し、予定日が一番の山とかで、気持ちの覚悟をと、お医者様から言われたが、まだこの子が生まれてくる様子が残念ながら無い。そういう日が二日続いた朝、いつも通りに母を見舞い中、何かお腹に違和感を感じ、そのまま産科に向かったら破水していて、いよいよ出産。

 破水から十八時間経過し、順調に陣痛が始まった。本格的な陣痛が始まり、苦しみに耐えていた頃、ICUから母が危篤と産科に連絡が入った。ありがたいことに、病院側は私の容体を見ながら母の様子を教えてくれ、先生が、陣痛に耐えながらお母さんに会いに行きますか? と予想外の配慮に私は強く大きくうなずいた。陣痛が始まった時点で、何かあればもう会えないだろうと諦めていたので、お医者様の配慮がありがたかった。

 車椅子にのり、看護師さん付き添いのもと陣痛に耐えながら母のもとへ。痛み始めているお腹に母の手をのせて「お母さん、私にこの子に力をください。私は母になります。お母さんが主人を命をかけて産んだように私もあなたの孫を産みます。だから力を貸してください。そしてお母さん、この子を必ず抱いてください」と心で叫び、いざ出産へ。

 翌朝早朝無事女の子を出産。主人はすぐ別階のICUに向かい、母に耳元で出産を報告したとのこと。主人も待望のわが子の誕生に最大の幸せを感じていた。私も最大の幸せと無事出産の安堵で、分娩室の上層窓から差し込む朝日が眩しいながらも幻想の世界の光のように見え感動した。本当に椅麗だった。その光が私たちの未来をかざし当てているような感じがして、次に出産を控えている方の赤ちゃんの心拍の音が私の安堵感を更に包み込み、気がつくとぐっすり寝てしまっていた。このたった数時間の眠りは私の人生の中で一番の、最高の眠りであり、幸せな眠りでした。

 無事に出産を終え、みなが赤ちゃんを見に来て祝福を受け幸せな時間を過ごしていたのだが、十二時間後、母は待ちに待った孫の誕生を見届けて静かに旅立ってしまった。母が倒れてから、こんな時を覚悟はしていたけれど、まさか同じ日に、同じ病院でとは誰も想像しない。産後は安静で動けない身ではあったが、病院の配慮で看護師付き添いのもと最後に母に会わせてくれた。新生児なのでさすがに子どもを抱かせてあげることはできなかったけれど、母に子どものぬくもりをと思い、生まれてすぐかぶった帽子を母の手に握らせ持たせ、天国にも持って行ってもらった。「お母さん、少しでもこの子のぬくもりを感じてください。この子を、私たちを守ってくださいね」と。一番複雑な思いなのは主人。同じ日に最愛の母をなくし、最愛の娘が生まれ、一番辛い思いをしたのは主人。私は主人に寄り添い支えるしかできなかった。また現実を受け止め、これから母の分も家族を、主人を守る決意をした。

 病院は、産科のような病院で唯一幸せやおめでとうといえる場所もあれば、一番辛い思いをする場所の融合。我が家は一気にその両方の融合を目の当たりにし、病院の配慮に深く感謝すると共に、人間は決して一人ではないということを、命の尊さを改めて身にしみて感じました。


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