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小学生の部
<優秀賞>
「兄ちゃん」
成沢 希望(10歳)千葉県印西市・小学4年


 これは兄ちゃんの話だ。

 生まれるとすぐ大きな病気にかかり、兄ちゃんの足はよく動かない。毎日両手に杖をついて学校に通っている。兄ちゃんとぼくは年が十一才もはなれているが、兄ちゃんは勉強の合間を見つけてよく遊んでくれる。家族はそんな兄ちゃんのために、長野の家をはなれて大学の家族りょうに引っ越した。

 「家族はいっしょにいなくてはだめだ。みんなで兄ちゃんを守ってやるんだ」と父ちゃんはいつも言っている。だからぼくは小学校に入ってすぐに転校した。父ちゃんも東京の病院につとめるようになった。兄ちゃんは毎日おそくまで勉強をしているけれど、どんな勉強なのかは知らなかった。兄ちゃんの部屋に入ると戦争の本がたくさんあった。

 「兄ちゃんは『平和』の勉強をしている。世界中から戦争がなくなればきっとみんな幸せになると、兄ちゃんは信じているんだ」

 ある日兄ちゃんからそんなことを聞き、兄ちゃんひとりががんばってもどうしようもないと思った。でも兄ちゃんは負けない。それはひとりのお医者さんの言葉をいつも思い出しているからだと、父ちゃんから聞いてぼくは兄ちゃんのすごさが分かった。

 何度も手じゅつにたえた兄ちゃんは、五才になって初めて自分の足で立ち上がった。兄ちゃんの手じゅつをすすめたお医者さんが、ずっと兄ちゃんを心配してくれ、ぜったいにあきらめなかったそうだ。多くのお医者さんがもうだめだと言ったけれど、先生はどこまでもあきらめずにいてくれた。

 小中学生のころは入院が続いたため、兄ちゃんはまともに学校には行けなかった。入院中はテレビやビデオを見ていたけれど、そのときに先生はよく兄ちゃんのところにやって来て
 「神様が必要だと思ったからこそ、この世に君を送って下さった。だから勉強して人のためにがんばれるようになりましょう」

 兄ちゃんからその話を聞いて、ぼくもその通りだと思った。健康な人とちがう自分がいやで仕方がなかったから、勉強なんてしなくてもいいと思っていたのに、兄ちゃんは一生けんめい勉強を始めるようになった。毎日いろいろな本を読んで、兄ちゃんのベッドは本だらけになったという。その本は今ぼくが読んでいる。

 それからずいぶんまよったけれど、その言葉をくりかえし思い出して大学に進む決心をした。兄ちゃんは父ちゃんに車いすを押してもらい、よく沖縄に出かけて行った。第二次世界大戦のときの沖縄の研究をしている。母ちゃんのふるさとが沖縄なので、それでいつも行っていると思っていた。だけど兄ちゃんの出版した本には、沖縄であった戦争のことが書いてあって、ぜったいに戦争はしてはいけないとうったえている。沖縄の人が戦争によって家族を失い、今も苦しんでいるようすも書いてある。

 先生の言葉が兄ちゃんを動かした。足もそうだけど兄ちゃんが人のためになる働きをしたいと思ったのは、兄ちゃんの命を助けた先生の言葉だった。兄ちゃんに教えてもらいながら、ぼくも作文の勉強や平和の勉強を始めた。むずかしいことばかりで分からないことが多いけれど、毎日勉強することが大切なんだろうな。

 兄ちゃんの部屋の電気は夜おそくなっても消えることはない。


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