日医ホーム心に残る医療 >>サイトマップ  


一般の部
<入選>
「妹の救命医療から想うこと」
唐木 千恵子(44歳・埼玉県春日部市・公務員)


 今年の六月二十日の夜八時過ぎ、一日の疲れをお風呂に入って癒やし、上機嫌で上がってくると、電話がけたたましく鳴っています。受話器を握ると、母の声が聞こえてきました。

「美恵子の様子がおかしいの。今すぐ来てくれないかしら」と言われ、慌てて二人の子を連れて私の実家に向かいました。

 実家に到着すると、母の妹のきぬ子さんが来ていました。子供を連れて入ろうとすると、 「待って、とても子供に見せられる状況でないから、子供を見てあげる。早く行って」と促され忙いで階段を上がっていきました。

 美恵子は私の双子の妹です。実家の両親と三人で暮らしています。階段を上るとすぐ右手が妹の部屋です。苦しそうな声が聞こえてきます。ドアを開けると、ベッドの中で海老のように体を曲げながら喘(あえ)いでいるその姿を見て、愕然としました。

「みいちゃん、苦しいの。しっかりしてよ」と妹の手を握りしめても、苦しい息遣いが聞こえてくるだけです。救急車のサイレンの音が間近に迫りました。救急救命士の方々が妹の部屋に上がってきます。隊長の方が冷静に妹の病状をチェックして、搬送先の病院を抽出し電話で搬送依頼を始めました。しかし、なかなか承諾がもらえません。

「早く助けて下さい。病院に搬送して下さい。どうして見つからないんですか」と涙ながらに懇願しても、

「申し訳ありません。全力を尽くしてます」と隊長の方も不安にかられている中で、懸命に妹に応急処置を施し連絡し続けています。

 ようやく六軒目にして承諾の返事をもらえました。もう胸が張りさけそうで、救急車に同乗して行った両親を無言で見送りました。

 母の妹のきぬ子さんが、心許無い私の様子を見て、車を出してくれました。二人の子も同乗し、救急車の後を追いました。

 その病院は、急病人で溢れかえっています。父の姿を見つけて子供が、
「おじいちゃーん。今来たよ」と言って飛んでいきました。憔悴しきった顔の両親も、この時は笑みがこぼれていました。

「みいちゃんは、瀕死の状態で病院に運ばれてきました。今詳しい検査をしています」と父が厳しい表情で私たちに伝えてくれました。

 ずい分時間が経過しました。既に十一時を回っています。子供たちも眠い目をこすりながらも、大好きなみいちゃんが助かることを願って、頑張って起きています。子供らのけなげな心持ちに胸を打たれました。

 ドアが開く音が待合室に響きました。妹の救命を引き受けたF医師が、今の状況と検査結果を知らせに来てくれたのです。MRIと血液検査から判断しても、風邪が原因と考えられる「ウイルス性脳症」が疑わしいと。ただそのウイルスが特定できないので、対症療法的な治療で救命するしかないと言われました。いまだ予断を許さない状況に、私たち家族は肩を寄せあって一心に祈り続けました。そうすることしかできない自分が情けなく、病魔と闘っている妹が不憫でなりません。

 F医師が説明している途中に、一本の電話が入りました。話の内容から、次の急患の要請依頼が来たようです。今、F医師は妹の救命に全身全霊をかけています。そんな中でどうするのだろうと注視していました。
「申し訳ありませんが、私は今重症患者を救命治療中です。どうか他の病院をあたって下さい。お力になれず痛み入ります」と自ら伝えていました。その光景を見て、妹の搬送先がなかなか決まらず、いら立っていた時のことを思い出しました。きっと搬送予定の医師とこんなやり取りを重ねていたのだろうと。時として救命医療は、残酷な状況や決断を余儀なくされます。まさに妹もそうなり得る渦中にありました。けれども、救急救命士の方々の迅速な処置とF医師の渾身(こんしん)の治療によって一命を救われました。

 長い長い夜となりました。さすがに子供たちも待合室のソファで寝入ってしまいました。再びドアが開き、危機を乗り越えた妹をベッドに乗せて、ICUの部屋に運んでいく旨を看護師の方が伝えてくれました。その後ろには、妹のレントゲン写真や数値を見続けているF医師の精悍(せいかん)な姿が見えました。

 安らかそうに眠っている妹の顔を見て、緊迫していた心中に穏やかさを取り戻してきました。聞く所によるとF医師は、朝から外来診察を請けおい、継続して夜勤をこなしている身にあるとのこと。医療従事者の過酷な勤務の中で、患者の救命に立ち向かう姿に感銘を受けました。どうかこの現況が改善されますよう、安心して医療従事者も患者も医療をしたり、受けられる環境が整うことを願わずにはいられません。この出来事を通して、改めて痛感しました。


BACK >>>

  日本医師会ホームページ
http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.