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一般の部
<入選>
「ひーちゃんの介護日記」
藤井 正恵(57歳・大阪府堺市・ホームヘルパー)


 思い脳障害を持って生まれた息子との三十一年と二日が終わった。生き抜くためとはいえ、人工呼吸器、栄養チューブでの生活は苦しかったであろうに私と目が合うとよく笑った。「ありがとう、頑張るからね」。しゃべれない息子の笑顔はいつもそう言っているようだった。“小頭症”という障害名の息子の頭は、文字通り小さく脳が発達しなかった。呼吸すること、食物を飲み込むこと、体温を調節すること、排泄すること、普通にできてあたり前のことがほとんどできず、その上時折襲ってくる発作にまで苦しめられた。小さな脳は、生きるためにフル回転する毎日だった。それでも医師の宣告した寿命をはるかに越え、三十一年と二日という年月を生き抜くことができた。二十歳を過ぎる頃より生きる機能はどんどん衰えていった。気管切開し人工呼吸器を付け、鼻から胃まで通したチューブで栄養をとり命をつなぎとめた。“生きる”ということを、全身で体現し懸命に生きた息子との日々は、私の宝物となった。

 ○月○日 ひーちゃん二十六歳

 深夜の病棟の静けさは、つぶれそうな気持ちをいっそう不安にした。息子の病室の明かりだけがうす暗い廊下とは対照的に煌々(こうこう)と照らしていた。どれくらい時間がたったであろう。急変した息子の処置が続けられている。私はただひたすらに待っていた。ドアの向こうの息子を思いながら。

 病状が安定しなかった年末、ベッドのそばにいるのに息子との距離が遠すぎて私はおおいかぶさるようにして汗ばんだ額の汗を拭いた。言葉を持たない息子は何もこたえてくれない。たいていの人が「長生きしているね」と言う。曲がった身体は肺を圧迫し食物も喉を通らなくなった。私は息子の小さな手をにぎりしめ気管切開を迷っていた。生きるために何を残し、どれを犠牲にするか苦しい決断だった。その時は突然きた。恐れていた肺炎を併発し、あふれるような痰を自力で出せなくなった。酸素は下がり胸は早鐘のように波うつ。(生きてほしい、死なせるもんか)「この子を助けて下さい」。迷わず私は喉に穴を開けることを決断した。

 ドアが開いた。目を閉じた息子の顔が青白く見えた。穴の開いた喉に取り付けられた呼吸器は規則正しく肺の中へ空気を送っている。首にうすくついている血をそっと拭いてやった。息子の頬へ唇をつけた。温かかった。生きている。涙が止まらなかった。

 ○月○日 ひーちゃん二十七歳

 気管切開し経管栄養になったとき、家で介護するのはかなり難しいと主治医は言った。「どうしても家に連れて帰ります」。私の決意は変わらなかった。覚えなければならないことがいっぱいだった。息子と一緒に家族のもとへ帰りたい一心で頑張った。退院したその日、お風呂に入った。夫に抱かれ息子は気持ちよさそうにウトウトしはじめた。喉に注意しながら細い手足をさするように洗ってやると、硬直した身体がゆっくり伸びた。全身ピンク色になった息子をバスタオルでくるんで抱きかかえたとき、私の顔を見てニッコリ笑った。「どうしても家に連れて帰ります」。私の判断は正しかった。

 ○月○日 ひーちゃん二十九歳

 今年も行くことができた。寒い冬が終わって梅雨に入るまでのいちばんさわやかなこの時期、一泊二日の小旅行へ出かけるのが我が家の恒例だった。名づけて“笑顔旅行”。万全を期して旅行先の病院にも連絡済み。体温計、吸引器、オシメ、大きな鞄がパンパンにふくらんだ。当日熱無し。体調よし。久しぶりの外出。高速道路を走る頃は、もはや息子のエンジン・パワー全開。笑う、笑う、大笑い。見ている私も涙笑い。パーキングで出会ったおばさん、ずっと息子を見つめている。目が合うと(頑張ってね)と言いたげにニッコリ会釈された。私も(ありがとうございます)心でこたえておじぎをした。来年もその次の年もずっと続くよう祈りながら帰途についた。

 ○月○日 ひーちゃん三十一歳

 寒い朝だった。ひーちゃんが逝った。心臓麻痺だった。前夜「ひーちゃん、もう寝ようか」と顔をのぞきこむと、私の顔をじっと見つめてニッコリ笑った。「母さん、ありがとう」。息子がお別れの気持ちを伝えたのかもしれない。二人で抱き合って眠った。明け方、息子の顔を見ると眠るように旅立っていた。

 思い返すと息子との三十一年と二日は、たとえようもないほど幸せだった。息ができないほど苦しかったときも、悲しくて夫の背中を手が腫れるほどたたいて泣いたときも、死ぬかもしれないとICUの前で夜を明かしたときも、今は全部幸せだったと思えるのだ。多くの人に心をもらい、優しさをもらい、エネルギーをもらった。でも一番は息子の笑顔だった。その一日一日の積み重ねがいかに心に栄養になったか、身にしみて分かる。母さんはおまえの母でよかったと心から思っている。


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