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一般の部
<入選>
「初恋」
村 陽子(37歳・兵庫県神戸市・主婦)


 もし息子に『初恋』があったとしたなら、その相手は間違いなくN先生だと思う。

 先天性小頭症という、原因不明の障害を持って生まれた息子・風太は、生まれた直後からCTスキャンやMRIをはじめ、色んな検査を受けてきた。

 母である私が、障害のある子を産み、その事実を受け入れ、前へ進みだすまで、私たち家族を医療面だけでなく、心の部分においても、温かく見守り、ずっと支えて下さったのが、N先生だ。小柄で化粧っ気のない、でも本当に優しい素敵な女の先生だった。

 先生との最初の出会いは、まだ息子に障害があるかどうかも分からなかった産後の一か月検診。当時、私が出産した総合病院では、新人の若い医師が乳幼児検診を担当することになっていた。N先生は、ちょうど研修医を終えて、その病院に配属されたばかりだった。小さな身体には、白衣が妙に大きく感じられた。

「はじめまして。風ちゃん、お母さん」

 そう言うと、まるで子リスのような笑顔のまま、ゆっくりと診察は始まった。息子はその頃から、ミルクがほとんど飲めず、正常な成長の目安である発達曲線からは、かなり外れ、頭も明らかに小さかった。私は心のどこかで、(この子は、普通の子ではないかもしれない)と漠然とした不安を抱えながらも、必死でそれを否定しながら、初めての育児に奮闘していた。

「頭囲が少し小さいようですね。お母さん、二週間後にもう一度来てもらえますか?」

 やっぱり息子には、何か異常があるかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられない。(あんな若い先生に何が分かるというの!)

 この直後から、動揺し混乱した私の『ドクターショッピング』が始まった。知り合いの医師に電話をかけたり、紹介状を持たずに、あちこちの病院へ息子を連れて行ったりした。『大丈夫ですよ』という言葉を聞き安心する。そうかと思えば、違う病院で障害の可能性を指摘されてしまう。小さな小児科から総合病院まで、色んなところに行けば行くほど、私の心は安定するどころか揺れ動き、情緒不安になっていった。何を信じたら良いのか……。この頃の私は、きっと病院と医師への不信感から、疲れきって真っ暗な顔をしていただろう。

 二週間がたち、N先生のもとへ行った。N先生は、この前と変わらぬ子リスの笑顔で迎えてくれた。息子は障害児なのか? これからどうしていけばいいのか? たくさんの思いが溢れていた。私は先生の笑顔を前に、この二週間にしてきたことをすべて話した。いや、正しくはぶちまけた。先生は、黙って話を聞きながら、時折うなずき、そして静かに言った。

 「お母さん、しんどい思いをさせてごめんなさい。風ちゃんも、ごめんね」
 (私が勝手にしたことなのに。どうして、この先生は謝ってくれるの?)

 「私はできる限りの力で風ちゃんを診ていきたいと思っています。でも不安で、他の病院での受診を望むのなら、お母さんが納得できるまで、私は何通でも紹介状を書きますから。そうさせてくださいね」

 私の腕の中の息子は、N先生をじっと見ていた。そして、先生に向かって両手を伸ばした。

 「お母さん、僕はこの先生が一番良いよ」

 息子の声が聞こえた気がした。その声は、私の『ドクターショッピング』を止めてくれた。

 それからは、二週間に一度、N先生のフォローアップ外来を受けることになった。それは普通の乳児検診とは、曜日が違う予約制で、まるまると太った元気な赤ちゃんを見るのが、まだつらかった私には、とてもありがたい配慮だった。どうしても、わが子との違いを比べてしまうからだ。先生は、病院へ行くたび、まず最初に、「お母さん、どうですか?」と私のことを聞いてくれた。(この先生は、いつも私のことを一番に聞いてくれる)そのことが、とても嬉しかった。成長するたびに、健常児と開いていく発達の差。でも、先生は診察のたびに、息子の小さな小さな成長を見つけ、私を励まし、勇気づけてくれた。

 一歳にてんかん発作が始まった時には、(てんかん発作は、薬でコントロールできる。この子のためにやれることがあって良かった!)と思えるくらい、前向きな障害児の母親になっていた。

 こうして、N先生との関係は、フォローアップだけでなく、風邪をひいた時、発作で救急に運ばれた時、いつも先生が居るだけで安心できる、信頼へと繋がっていった。息子も先生に会うと、いつも笑顔だった。

 私と息子が病院を嫌いにならず、むしろ好きになったのは、先生との出会いがあったからだ。息子の『初恋』がN先生なら、わが子ながら人を見る目があるなと思う。

 結局N先生には、病院の移動が決まる五年間、本当にお世話になった。まだ専門を決めていなかった先生の異動先が、某市の障害児療育センターだったのを聞いた時は胸が熱くなった。

 N先生とは、新しく娘が誕生した時、そして息子が十歳になった今も、年賀状のやり取りが続いている。先生のハガキには今でも、近況と共に、「お母さん、どうですか?」の言葉が必ず書いてある。

 先生、風太は元気です。娘もお父さんも元気です。そして私は、毎日元気にお母さんをやっています。


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