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中高生の部
<最優秀賞>
「尊敬すべき人たち」
恒吉 なつみ(静岡県御殿場市・17歳・高校2年)


 その人に出会った時、その人は必死になって、看護師さんに反抗していた。泣きながら、体を洗うタオルを投げた。私はその姿を見て、少し怖いと思っていた。

 私は今年の夏、ある病院で「高校生ナース体験」に参加した。将来看護師になりたいと考えている私は、初めて体験する医療の現場に期待で胸をふくらませていた。

 だが、いちばん最初に見学したおふろの介護で、いきなり一気に不安が広がった。あるおばあちゃんが、私の目を引いたのだった。その人は、ほかの人とは違い、車いすでおふろまで来た。みんな起き上がれないため、ベッドにのせられたまま運ばれてくるのだ。そのおばあちゃんに向かって看護師さんが話しかけた。

 「はい、自分でお洋服脱げるんだから、自分でやらなくちゃね。ゆっくりでいいから脱いでて下さいよ」。それに対して、おばあちゃんは反抗した。

 「いやだよぉ。脱がせて」。消えそうな声だが、力の限り強く反抗しているように見えた。だけど、最初のオリエンテーションで教わった通り、患者さんができることを「手助け」するのが看護であり、全部やってあげてはいけないのが看護である。うまく患者さんに言って、できることはやらせるのだ。

 「そんなこと言わないでね。自分でやってごらんよ。この間、ちゃんとやるって約束したじゃない」。看護師さんはやさしく言う。でもおばあちゃんは、車いすに座ったまま動こうとしない。仕方なく、看護師さんはおばあちゃんの服を脱がせ、おふろ用のいすに座らせた。今度はおばあちゃんにシャワーを持たせ、自分で洗うように言った。でも片手にシャワーを持ったまま全く動かさない。看護師さんは何度も何度も声をかけながら、頭や背中を洗ってあげた。

 「今度はおなか、自分で洗うんだよ」。そう言って、泡のついたタオルを渡した。でもおばあちゃんは、ひたすら反抗した。洗いたくない、洗ってくれ、タオルなんかいらない……。声が上手に出せないのだろう、消えそうな声で、ずっとそう言っていた。それでも看護師さんは自分でやるよう、促した。とうとうおばあちゃんは泣き出した。そして、持っていたタオルを投げ捨てた。しびれを切らした看護師さんは、おばあちゃんの体をきちんと洗ってあげて、無事におふろを出た。おふろが終わり、私は少し安心した。正直なところ、おふろのシーンは怖かったからだ。

 おふろが終わった後、おむつ交換や体位をかえる仕事を見学・補助した。それがひと通り終わると、患者さんの話し相手をすることになった。どんな人と話すのだろうかと、ドキドキしながら病室に向かった。そして、病室に入った途端、びっくりした。それはおふろで看護師さんに反抗していた、あのおばあちゃんの部屋だったのだ。私は不安でいっぱいになった。この人と話なんかできるのだろうか。泣いたりしたらどうしよう……。でもそんな不安などお構いなしで、忙しい看護師さんはさっさと行ってしまった。二人の間に沈黙が流れた。おばあちゃんは、私の顔をじっと見ている。何か話さなくちゃ、と思い、幼稚園児に話すような口調で言った。

 「このお洋服、かわいいですねぇ」。おばあちゃんは少しうなずいた。そして、何か言った。でも、あまりに小さな声で聞き取れない。私は、車いすに座るおばあちゃんの横にしゃがんで、必死で聞き取った。どこから来たのかとたずねているらしかった。私はそこではじめて自己紹介をした。自分が言っていることが、ちゃんと伝わっているのか心配で仕方なかったが、耳はきちんと聞こえているらしかった。おばあちゃんは、小さな声でいくつも質問をした。私はじっと目を見ながら、声を聞き取り、答えた。すると、おばあちゃんのことも、少しずつだが話してくれた。音楽が好きで、家族みんなが楽器を演奏できること、昔戦争が起こっているころには幼稚園の先生をしていたこと、昨年自分の夫を亡くしたということ、そして今、息子たちも遠くへ行き、寂しいということ……。おばあちゃんは、涙を流していた。おふろの時とは全く違う、「人間らしい」涙だったと思う。私は一緒になって泣いた。きっと、一人で寂しくてたまらなかったのだろう。はじめは子供に話すような口調だった私は、いつの間にか、目上の人に話をするような口調になっていた。それが当たり前なのに、私は気づかずにいた。

 今まで日本という国を必死に守り、発展させ、生き抜いてきた人。老化が進んでも、それは変わらない事実なのだ。尊敬しなければならないのだ。私はやっとそのことに気づいた。おばあちゃんは最後に、目にいっぱい涙をためながら、「ありがとう」と言った。私はこれから、高齢者と向き合っていこうと誓った。


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