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小学生の部
<優秀賞>
「なつやすみのはじまり」
山田 信道(岡山県倉敷市・7歳・小学1年)


 「くまさんのみみ」、おばあちゃんは、ぼくのみみを、そうよぶ。グァムにいったとき、サングラスがみみにかからない。かぜをひいたとき、マスクもかけられなかった。「まいぼつじ」というそうだ。なつやすみがはじまってすぐ、ぼくはしゅじゅつをうけた。

 にゅういんしたひは、ふたりべやだった。となりのベッドのまえには、大きなほこうきがあった。おばあちゃんだった。おばあちゃんは、ゆっくりとしかうごけなかった。トイレもひとりでいけなかった。おばあちゃんは、ひるまでもずっとねている。

 あしたは、しゅじゅつだ。ぼくは、ふあんだった。むねがドキドキした。ぼくはおかあさんに、「しゅじゅつしつに、はいってよ。ねるまで、ずっとおってよ。ねたあとも、ずっと、よこにおってよ」と、なんども言った。なんども、なんども。なぜなら、ますいの先生が「おかあさんは、しゅじゅつしつのそとで、まっていてください」とはなすのをきいたからだ。おかあさんは「ぜったい中に入るから、しんぱいせんでもええ。先生にちゃんと、言うたげる」と言った。それでも、ぼくはこわかった。

 しゅじゅつがおわってきがつくと、おかあさんがよこにいた。いつのまにかおわっていたから、びっくりした。おかあさんは、ニコニコしていたけどしんぱいそうだった。おかあさんは「もうだいじょうぶ、ちゃんとなおった」と言ってくれた。ぼくはみみがいたくて、いたくてたまらなかった。上をむいても、よこをむいてもいたく、じっとしていても、あるいてもいたかった。おかあさんは、「いたいのをかわってあげられたらいいのになぁ」と言ってくれた。

 三日ぐらいたつと、いたみどめのくすりがなくても、なんとかがまんできるようになった。ぼくはいたかったけれど、ずっとベッドの上にいるのもたいくつだった。そしてぼくは、二人べやのときの、となりのおばあちゃんにあいにいった。ぼくはしゅじゅつをうけた日に、こしつにうつったからだ。ぼくがへやをかわるとき、おばあちゃんは「さびしいなあ。さびしいなあ」と言っていた。

 おばあちゃんは九十さい。ぼくとおないどしのひまごがいるそうだ。ひまごとは、いっしょにすんでいないので、めったにあわないと言っていた。ぼくはおじいちゃんもおばあちゃんも、おじさんも、お父さん、お母さん、おとうともいっしょにすんでいる。だから、「おばあちゃんはさびしいだろうな」とおもった。ぼくは、あさ、ひる、よるに、おばあちゃんのへやをのぞきにいくことにした。あんまりじょうずにしゃべれないけど、ぼくは言った。

 おばあちゃんは「わたしこのひと、すきだわあ。また、きてね」と言ってくれた。ぼくはちょっとはずかしかったけど、うれしくなった。にゅういん中、一かいのギャラリーで、「赤木主税(ちから)」さんのてんらんかいがあった。ちからさんのえは、すごい力がはいっていた。びっしりとこく、いろんないろがいっぱいだ。えの中のどうぶつは、とてもげんきそうだった。ぼくは、にゅういん中まいにち、ちからさんにあいにいった。ちからさんも、まいにちきていた。ちからさんは、いつもえがおでした。そして、しずかなひとでした。ギャラリーには、人がすこししかいなかったけどそんなことを、ちからさんはきにせず、ニコニコしていた。ぼくは、ちからさんのこと、「かっこいいな」とおもった。

 あした、ぼくはたいいんする。やっといえにかえれるので、うれしい。でもおばあちゃん、ちからさん、かんごしさん、おいしゃさん、おふろばのおばちゃんとおわかれをしないとだめだ。ちょっと、かなしい。だけど、みんなが「よくなって、よかったね」とよろこんでくれた。ぼくのなつやすみは、あしたがはじまりだ。


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