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一般の部
<入選>
「いつかの神様」
箭内 香菜子(26歳)福島県郡山市・会社員


 肩でかろうじて息をする。ヒューヒューという音を立てて。

 10歳だった。真夜中、いつものように苦しくなって体を起こす。息ができなくて、手を伸ばして隣で眠っている母を起こしたいけれど、でも、その手は自分の胸を強く押し当てたまま動くことができない。真っ暗な部屋の中は、自分の耳障りな呼吸音が響くばかりであった。そして、10歳の私には夜はとても長かった。苦しくて苦しくて、「もうだめだ」と絶望して涙が溢(あふ)れてくる。心の中ではいつも必死に祈っていた。 「死にたくない。まだ死にたくない。どうか神様、私をお助け下さい」

 見たこともないのに。特別、生活の中で崇(あが)めたことなどないのに。本当は信じてもいなかったかもしれないのに。

 10歳の私は、小児喘息(ぜんそく)であった。それは、いつも真夜中にやってきて、幼い私にすぐそこにある「死」を見せにきた。それは、とても恐ろしいことだった。必死で息をすることに集中し始めたころ、隣で眠っていた母がようやく目を覚まし、「大変」と、小さなそれでいて真剣な声をだして私の背中を擦(さす)る。「大丈夫。大丈夫」と母は繰り返す。母の温かい手当てももう効かない。その間も私は、何度も何度も祈っていた。暗くて長い夜の中で。

 そうして、やっと朝を迎えて、すぐさまいつもの病院へ向かう。病院に着くと、診察室から先生の元気な声が飛んでくる。 「かなちゃーん。どうしたー?」

 私はいくらか安心する。いつものエネルギーに満ちた声、何にも負けない強くて優しい慈愛に満ちた声に。そして、吸引機で薬を吸い込んで、ゆっくり呼吸をしてみる。最後は点滴や注射もすることになるのだけど、私は「救われた」と真夜中の出来事を思い返しながら心から安堵した。

 6歳から中学にあがるまで、私の喘息と、ともに併発するアレルギーを診てくれたのはこの先生であった。真夜中に神頼みをしては、朝を迎えて私に安心な呼吸をさせてくれるのは、いつも先生だった。

 診てくれたのは、それだけではなかった。私は中学にあがった途端、学校へ行けなくなってしまった。いわゆる、不登校である。今思えば、その頃の私には学校や家庭内に心を痛める様々な出来事があったのだと思う。けれど、当時の私は全く訳が分からなかった。喘息を持っていても、運動も勉強も好きだった。それなのに。だから、この状況が理解できなかった。身体と心の不調。学校へ行けないことへの不安と焦り。よく知らない、見たこともない神様に今度は何度も聞いてみた。

「私はこのままどうなってしまうのでしょうか。私にはもっとやりたいことがあるのです。いつになったらここから抜け出せるのですか」と。

 そのとき、先生は、
「ゆっくり休みなさい」
とだけ言った。それから私たちは、色々な話をした。私は今、ラジオで音楽を聴くのが楽しいとか、絵を描くのが好きだから将来は美大に行きたい、だから学校へ行けなくても自分で勉強を始めたこと、先生も、飼っている猫が家に友達を連れてくることや、先生が子供だった頃の話をした。私は先生と話をするととても心が穏やかになった。友達にも家族にも自分の身に起きていることは話すことができなかった。みんな、私のことを理解できるはずがなかった。けれど、この人は今ここに居る自分を見ているということが、先生からの十分過ぎる程の私を治す治療方法であった。

 あれからもう、10年以上がたつ。その間に私は真夜中の神頼みも問いかけも、アレルギーの痒(かゆ)みも、心の痛みも忘れて、あの頃話していた美術大学へ行き、まだ駆け出しながらもデザインの職にも就いた。今もなにかあったとき、診てもらうのは、現在もなお現役の76歳になった先生である。随分、髪は白いものが目立ち体も幾分小さくなったけれど、あのエネルギーは相変わらずである。そして今、彼女は糖尿病と癌(がん)を抱えている。それでも、診療を続けその上、毎晩夜遅くまで勉強をして家路についていることを私は知っている。とてつもなく大きな慈しみを持っている人なのだと感じずにはいられない。私はそれがとても美しいと心から思うのだ。

 この人がいなければ子供の私は、朝を迎えることができなかったのではないかと思うことがある。大袈裟(おおげさ)かもしれないが、中学生の不登校であった私を誰よりもずっと見続けてくれたこと、前へ前へと、あの時の私の問いかけに答えるように、背中をそっと押してくれたのもやはりこの人でしかなかったと思う。

 そして、先生は私について何でも知っていた。身体の故障だけでなく、その奥の人の芯の部分を診る目を持っているから。

 まるで、「神のみぞ知る」みたいに。


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