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平成27年(2015年)11月5日(木) / 南から北から / 日医ニュース

夫はつらいよ

 還暦を過ぎた日常の夫婦関係では寅さんの"男はつらいよ"と同様に"夫はつらいよ"という時もある。女房の夫への愛情でこんなことがあった。

 山行に行く前日、「街に行く予定あるかい?」と女房に聞くと、「ないけど、どうして?」、「明日の山行きの昼食のために、久しぶりに賛沢をして三越デパートで笹ずしを買って持って行きたいんだ」と言ったら、「予定はないけどお父さんのために買って来てあげる」と言ってくれ、「街に行く用事がないのに何で買って来てくれるの?」と私が言うと女房は「それは愛情で、少しでも長生きしてもらいたいから」と言われ、感謝、感激、雨あられ。まだ愛情が残っているのだと解釈してしまった。

 後日、笹ずしの代金1000円を女房に出すと、すっかり忘れていた女房はソファから身を乗り出して喜び、「1176円よ」と言い、それでサイフの中をまさぐって175円しかなかったので渡した。そうしたら「1円は貸しておく」と言うのである。「買って来てくれたのは、あれは愛でなかったのかい」と言うと、「愛情とお金は別問題で、愛よりお金よ」とズバリと鋭い言葉が飛んできた。そして逆に「お父さんに愛情があったら、普通なら交通費くらいは出すもんだよ」と一喝され、手厳しいのだ。沈黙である......。

 空港内のアナウンスで、現在函館に向かう○便の座席が一つ不足しています。次の便に変わっていただける方がいましたら、2万円をお支払い致しますので、お申し出下さいと聞こえてきた。近くに函館行の便を待っている4人連れの家族がいて、「2万円もあったら、函館の朝市でカニや刺身等海産物を一杯食べられて、そしてお土産もたくさん買えるから、お父さん! 申し出なさい」と夫が奥さんに背中を押されている会話が聞こえてきた。そして夫は家族のために不承不承にカウンターに向かっていた。その後、満席が解消されました。ありがとうございましたとのアナウンス。家族のために夫はつらいよ。

 そう言えば、駆け落ちまでして大変熱烈な恋愛結婚をした同僚が、子どもが生まれてから女房の愛情が95%子どもに行ってしまい、直木賞受賞作の『邂逅(かいこう)の森』(熊谷達也著)の中でも「一番大切なのはお腹を痛めた子どもです。どんなに好き合って一緒になった亭主よりも、子どもの方が大事」と書いているくらいであるから仕方ないと納得し、まだ5%の愛情が自分に対してあると思い込み、安心していた。そうしたら、どうもその5%はペットに対しての愛情であることに気付いたと愚痴を言っていた。そもそも夫として5%しか期待していなかったこと自体が悲しい。女房の夫への愛情は所詮こんなものですと同僚は言うが、私もどういう訳かとても納得した。

 息子の結婚式の日、当日床屋に行って来たばかりなのに、女房から「お父さん、いつ床屋に行くの?」と言われたことがあった。夫は髪と同様に全く影が薄いものである。「家はあるのに、家庭がない、居場所がない」と愛情に飢えている私だが、同僚と同様に致しかたないことである。これで家庭内がうまく行っているのだと納得して自分を慰めているこの頃である。「男が世の中を動かし、女はその男を動かす」、そんな言葉が頭の中を駆け巡っていった。寅さんの"男はつらいよ"じゃないが、還暦を過ぎた夫婦の日常生活において、"夫はつらいよ"という時もあるということだ。 (一部省略)

北海道 札幌市医師会 No.566号より

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