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平成28年(2016年)7月5日(火) / 南から北から / 日医ニュース

善きサマリア人の法(Good Samaritan law)

 先日、日系航空会社を利用して国際学会に出掛けた。出発して3時間ほど経過した頃、「申し訳ありませんが......」とチーフパーサーを名乗る男性が訪ねて来た。聞くと機内で急病人が発生したので診てもらえないかとのこと。
 私が麻酔科医を志したのは不純な理由が多いが、数少ない純真な理由として、「お医者さんはいませんか?」と請われても、ちゅうちょなく出ていける医者になる、というのがある。
 ほどよく酔っていたが、上記のような理由から、またむげに断ることもできず"患者"となった乗客のところへ向かった。患者は60歳代の白人男性で、主訴は悪寒と呼吸困難だった。詳細は割愛するが、すごく寒そうで息苦しそうで、質問するのも気の毒な感じだった。ただでさえ聞き取りが苦手なところに、息苦しい中発せられる弱々しい英語が飛行機の騒音でかき消されて、聞き取ることが一層困難だった。
 一通り診察と処置を終えて彼をファーストクラスに移して、私は自分の席に戻った。しばらくして、件(くだん)のチーフパーサーがお礼かたがた一枚の紙を持ってやって来た。そこには彼の慇懃(いんぎん)な態度とは対照的に、「当該医療行為に起因して、賠償請求が発生した場合には、原則として当社が賠償金と関連する訴訟費用を負担いたします」と書かれていた。
 "善きサマリア人の法(Good Samaritan law)"というのがある。「災難に遭ったり急病になったりした人などを救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、失敗してもその結果の責任は問われない」というものだが、日本では適応されにくいと聞いていた。
 正しい処置であったという確信もないが、間違った処置を施したつもりもない。しかし最悪、責任を取らされるということか? と脳裏をよぎった。
 同時に悪化したらどうするか? そもそもどうして医師と分かったのか? "原則として当社が"とはどういうことよ?などといろいろ考えると、それ以上酔うこともゆっくり寝ることもできず、自分の選択を誇りに思う反面、後悔しながら、しかし無事でいてくれと祈りながら悶々と到着を待った。
 到着時には状態は落ち着いていたので、「あなたは体に深刻な問題を抱えているかも知れない。すぐに病院に行きなさい」と告げて飛行機を降りた。皆さんならどうされるか? いまだ訴状は届いていない。

大分県 大分県医師会会報 第735号より

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